独占禁止法で禁止される「優越的地位の濫用」とは 要件やペナルティを事例でわかりやすく解説

競争法・独占禁止法 公開 更新
小田 勇一弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所 大多和 樹弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所

 当社(X社)は、特殊なセンサーAの製造販売事業者です。センサーAの販売市場における当社製センサーのシェアは20%超であり、センサーAを製造する有力なメーカーは複数存在します。
 センサーAを不可欠の中核部品とする製品に製品Bがあり、当社は製品Bを製造する多数のメーカーにセンサーAを継続的に販売しています。製品Bの市場は立ち上がったばかりの市場で、多数の新興専業メーカーがしのぎを削っています。


 センサーAの有力なメーカーは当社以外にも複数存在していますが、当社製のセンサーAを採用する製品Bのメーカーの多くは、当社製のセンサーAの規格を基に製品Bを開発しており、これから他社のセンサーを切り替えるとなると、製品Bの設計を見直す必要があり、製品Bの製造・販売に相当の支障が生じます。こうした状況において、次のような取り組みは独占禁止法上問題となるでしょうか。

(販売先へのデータの提供依頼)
 製品Bの専業メーカーのうち、当社がセンサーAを供給しているY社らは、その販売先の協力を得て、製品Bに搭載された当社製センサーを通じて取得するデータの提供を受けて、それらを分析し、販売先向けに独自のソリューションサービスを提供しています。
 当社は、当社製センサーの性能向上に役立てるため、Y社ら取引先に対して、Y社らがその販売先から提供を受ける上記データの無償提供を求めていこうと考えています。センサー開発に協力的な取引先とのみ取引を行っていくとの方針を示せば、多くの取引先は応じてくれるのではないかと考えています。

 上記取り組みは、X社が優越的地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に、取引の相手方であるY社らに不利益を与える行為であるとして、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用に該当するおそれがあります。
 また、優越的地位の濫用に該当した場合、公正取引委員会から排除措置命令や課徴金納付命令を受けるおそれがあります。

解説

目次

  1. 優越的地位の濫用とは
  2. 優越的地位とは
    1. 優越的地位の定義
    2. 優越的地位の有無はどのように判断されるか
    3. 優越的地位と濫用行為の関係
  3. 濫用行為とは
    1. 濫用行為の定義
    2. 「正常な商慣習に照らして不当」な行為とは
    3. 独占禁止法2条9項5号イないしハに該当する行為とは
    4. 取引の相手方の同意があった場合は
  4. 事例の検討
    1. 優越的地位の有無
    2. 濫用行為の有無
  5. 優越的地位の濫用に該当したら
    1. 優越的地位の濫用に対する措置
    2. 確約手続
  6. 優越的地位の濫用と下請法との関係

優越的地位の濫用とは

 優越的地位の濫用とは、① 取引の一方の当事者が自己の取引上の地位が相手方に優越していること(優越的地位)を利用して、② 正常な商慣習に照らして不当に、不利益を与える行為(濫用行為)を行うことをいい(独占禁止法2条9項5号)、独占禁止法は、これを「不公正な取引方法」の一類型として禁止しています(独占禁止法19条)。

 取引当事者間の自由な交渉の結果、いずれか一方の当事者の取引条件が相手方に比べて、または従前に比べて不利になることは当然にあり得ることです。それでは、独占禁止法が「優越的地位の濫用」として、取引の相手方に不利益を与える行為を一定の限度で規制するのはなぜでしょうか?
 それは、優越的地位の濫用が、誰がどのような取引条件で取引するかを自由に選択できるという、独占禁止法が守るべき自由競争の基盤を侵害するおそれがあるからです。
 要するに、優越的地位の濫用とは、取引の相手方の自由かつ自主的な判断を阻害し、経済上の不利益を与える行為であり、独占禁止法はそのような行為を「優越的地位」と「濫用行為」という2つの要件で切り出して規制対象としているのです。

 優越的地位の濫用規制は、それが競争回避(停止)的な行為であるかどうか、あるいは競争者を排除する行為であるかどうかは問題にしていないという点で(参照:「独占禁止法違反になり得る行為を特定する、競争回避と競争者排除という視点」)、独占禁止法の中で異質な規制であるといえます。

 平成21(2009)年の独占禁止法改正によって優越的地位の濫用に対する課徴金制度が導入されて以降、高額な課徴金が課される事案が見られた一方、公正取引委員会と事業者とが合意により迅速に問題解消を目指す確約手続(後述)の導入以降(平成30(2018)年12月30日施行)は、確約手続により優越的地位濫用に関する調査案件が解決されるケースが増加しています。いずれにせよ、事業者は、公正取引委員会による調査開始後の対応を含め、優越的地位の濫用規制に対する理解を深めておくことが求められます。

優越的地位の濫用行為

優越的地位とは

優越的地位の定義

 優越的地位は、取引の相手方との間で相対的に判断されます。「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(以下「優越ガイドライン」)では、優越的地位とは、取引の相手方(乙)にとって、取引の一方の当事者(甲)との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても、乙がこれを受け入れざるを得ないような場合をいうとされています(優越ガイドライン第2の1)。

 この点、「事業経営上大きな支障を来す」とは、乙にとって不利益な要求であっても受け入れざるを得ないほど甲と取引することの重要性および必要性がある場合と説明され(「「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(原案)に対する意見の概要とこれに対する考え方」8頁)、文字どおりの意味合いよりも相当緩やかに解釈されています。実際の事件でも、納入業者および小売業者間の取引において、納入業者の全売上高に占める当該小売業者との取引額の割合(取引依存度)が1%を下回る場合であっても、当該小売業者は当該納入業者に対し優越的地位にあるとされた例があります。

 課徴金制度導入後は、大規模な小売事業者(買い手)がその納入業者(売り手)との関係で優越的地位にあるとされた事案が目立ちましたが、その後、売り手の立場に立つ事業者による優越的地位濫用事案が公正取引委員会により調査されるほか、近時は、いわゆるプラットフォーマーと呼ばれる事業者とその利用者(事業者又は一般消費者)との関係における優越的地位の濫用事案が注目されるなどしています(公正取引委員会「楽天グループ株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」、同「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」)。

優越的地位の有無はどのように判断されるか

 優越的地位の有無は、どのような考慮要素によって判断されるのでしょうか。優越ガイドラインは、下記の考慮要素を総合的に考慮し、優越的地位の有無を判断するとしています。

  1. 乙の甲に対する取引依存度
    乙が甲に商品または役務を供給する取引の場合には、乙の甲に対する売上高を乙全体の売上高で除して算出される。

  2. 甲の市場における地位
    甲の市場におけるシェアの大きさ、その順位等が考慮される。

  3. 乙にとっての取引先変更の可能性
    甲以外の事業者との取引開始や取引拡大の可能性、甲との取引に関連して行った投資等が考慮される。

  4. その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実
    甲との取引の額、甲の今後の成長可能性、取引の対象となる商品または役務を取り扱うことの重要性、甲と取引することによる乙の信用の確保、甲と乙の事業規模の相違等が考慮される。

 そして、これらの考慮要素を総合的に考慮した結果、取引の相手方(乙)にとって取引の一方の当事者(甲)との取引必要性が高いといえる場合には、「乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすい」と評価しています優越ガイドライン第2の2参照)。

 ①~④の考慮要素の中でも、取引先変更の可能性(③)が重要な考慮要素であると考えられます。なぜなら、取引の継続が困難になったとしても、取引先を変更することができれば、そもそも「事業経営上大きな支障を来す」こともないからです。

優越的地位と濫用行為の関係

 従前の公正取引委員会の実務では、濫用行為を相手方が受け入れている事実が重視され、優越的地位に関する上記①~④の考慮要素とは別に、濫用行為の存在から直接に優越的地位を推認する考え方が採られていました。たとえば、日本トイザらス株式会社に対する平成27年6月4日審決においては、「甲が濫用行為を行い、乙がこれを受け入れている事実が認められる場合は、乙が当該濫用行為を受け入れることについて特段の事情がない限り、乙にとって甲との取引が必要かつ重要であることを推認させるとともに、『甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても、乙がこれを受け入れざるを得ないような場合』にあったことの現実化として評価できる」とされていました(公正取引委員会「日本トイザらス株式会社に対する審決について(子供・ベビー用品の小売業者による優越的地位の濫用事件)」)。

 このような考え方は、その後の審決やラルズ事件東京高裁判決(東京高裁令和3年3月3日判決、公正取引委員会審決集67集444頁)などにより相対化され、濫用行為の存在から優越的地位を推認するという考え方は採られなくなりました。しかし依然として、濫用行為の存在は、これを相手方が受け入れるに至った経緯や態様によっては、その事実自体が優越的地位の存在をうかがわせる重要な要素となり得るとされています。

 したがって、優越的地位の要件の判断においては、濫用行為が認められるか否かが極めて重要なポイントになりますので、コンプライアンス上は、いかに濫用行為に該当するような行為をしないようにするかが重要になります。

濫用行為とは

濫用行為の定義

 濫用行為とは、正常な商慣習に照らして不当に、独占禁止法2条9項5号イないしハに該当する行為を行うことです。

「正常な商慣習に照らして不当」な行為とは

 独占禁止法2条9項5号イないしロに該当する行為が取引の相手方に対し「正常な商慣習に照らして不当」な不利益を与える場合とは、具体的には、大きく2つに分けられます(優越ガイドライン第4の2 (1) アおよび (2) ア参照)。

  1. 取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合
  2. 取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となる場合

 上記場合に当たるか否かは、問題となる不利益の程度、行為の広がり等も考慮して、個別の事案ごとに判断されます優越ガイドライン第1の1)。

 なお、「正常な商慣習」とは、公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるものを指すとされており、現に存在する商慣習に合致していることをもって直ちにその行為が正当化されることにはなりません(優越ガイドライン第3)。

独占禁止法2条9項5号イないしハに該当する行為とは

 独占禁止法2条9項5号イないしハに該当する行為は、具体的には下記のとおりです。

イ 購入・利用強制
継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品または役務以外の商品または役務を購入させること。


ロ 経済上の利益を提供させること
継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
優越ガイドラインの例示:
・協賛金等の負担の要請
・従業員等の派遣の要請


ハ 受領拒否、返品、支払遅延、減額、その他取引の相手方の不利益となる事項
取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、もしくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、もしくは変更し、または取引を実施すること

「その他取引の相手方の不利益となる事項」に関する優越ガイドラインの例示:
・取引の対価の一方的決定
・やり直しの要請
※ 独占禁止法2条9項5号ハは下線部のとおり包括的な条項として規定されており、同号イ、ロおよびハの前半で列挙された具体的な行為に該当しないその他の行為も濫用行為になり得る。

取引の相手方の同意があった場合は

 取引の相手方から書面による同意を得たなど、外形的な「同意」が存在していたとしても、上記の不利益の受け入れを余儀なく「させ」た場合は、取引の相手方の自由かつ自主的な判断により当該同意をしたとはならず、濫用行為と評価されます。したがって、取引の相手方から外形的に「同意」を得ていることのみをもって濫用行為性が否定されることにはなりません

事例の検討

優越的地位の有無

 冒頭の事例では、売り手であるX社の優越的地位の有無が問題となります。
 X社は、センサーAの市場において20%のシェアを有するにとどまり、センサーAを製造販売する有力な事業者はほかにも複数存在します。しかし、センサーAは製品Bに不可欠な中核部品とのことである上、これから他社のセンサーを切り替えるとなると、製品Bの設計を見直す必要があり、製品Bの製造・販売に相当の支障が生じるとのことですので、Y社らにとって取引先変更可能性は低いように思われます。また、Y社ら専業メーカーの中には、X社からセンサーAの供給を打ち切られれば、製品Bの市場から撤退を余儀なくされ、または事業に相当の遅れが生じるなどの不利益が生じることが考えられます。
 以上からしますと、Y社らにとってX社との取引の継続が困難になることは「事業経営上大きな支障を来す」ことになるとし、X社はY社らに対し優越的地位にあると判断される可能性はあると考えられます。

濫用行為の有無

 Y社らがセンサーAの販売先から提供を受けるデータは、その収集・処理に一定のコストを要し、それ自体に財産的価値が認められると考えられますので、独占禁止法2条9項5号ロの「経済上の利益」に該当し得ます。

 Y社らは従前からX社と継続的な取引を行っていますが、それまではX社とY社らとの間ではY社らによる収集データの提供についての取り決めはしていなかったことから、少なくともそれをX社がY社らに対し一方的にデータを無償提供させる場合、Y社らにとってあらかじめ計算できない不利益を与えることになるといえるでしょう。ただ、その一方、センサーAは製品Bの中核部品であり、X社製センサーの性能向上が製品Bの性能向上に結び付くことを考えると、Y社らからX社へのデータの提供は、X社にとってもメリットがあり、一概に経済的に不合理とはいえないとも考えられます。
 しかし、Y社らはデータの収集・処理に一定のコストをかけているでしょうから、少なくとも、「センサー開発に協力的な取引先とのみ取引を行っていくとの方針」を示し、一方的にデータの提供を要請することは、Y社らに合理的な範囲を超えた負担を課すことになると考えられます。

 以上からしますと、少なくともX社がY社らに対し一方的にY社らが収集・処理したデータを無償提供させる行為は濫用行為に該当するおそれがあります。

優越的地位の濫用に該当したら

優越的地位の濫用に対する措置

 優越的地位の濫用に対しては、行政上の措置として、公正取引委員会から排除措置命令や課徴金納付命令を受ける可能性があります。

(1)排除措置命令

 排除措置命令とは、違反行為を排除するために必要な措置を命じるものです(独占禁止法20条)。優越的地位の濫用の場合、具体的には、違反事業者に対し、濫用行為の取りやめを意思決定機関にて決議すること、その内容を取引先や従業員に通知すること、将来の同種の行為の禁止、違反の予防に必要な措置などが命じられることが想定されます。

(2)課徴金納付命令

 課徴金納付命令とは、独占禁止法に違反する行為の抑止のために、行政上の措置として、金銭的不利益を課すものです。優越的地位の濫用については、違反事業者に対し、違反行為期間における売上額の1%の課徴金の納付が命じられますので(独占禁止法20条の6)、売上規模や違反行為期間によって非常に高額となる場合があります。この点、令和元年独占禁止法改正により、違反行為期間の始期は調査開始日から遡って最大10年とされましたので(同法18条の2)、これまで以上に課徴金が高額化するリスクがあります。
 優越的地位の濫用については、カルテルの場合のような課徴金減免制度はありませんが、昨今、課徴金納付命令に至ることなく確約手続(後述)により自主的に解決される事案が増えています。

確約手続

 公正取引委員会が優越的地位の濫用について調査を開始したとしても、確約手続」という手続により、排除措置命令・課徴金納付命令の発出を回避できる場合があります(独占禁止法48条の2~9)。

 確約手続とは、公正取引委員会と事業者とが合意により迅速に問題解消を目指す手続であり、事業者が作成した「排除措置計画」を公正取引委員会が認定した場合には、排除措置命令・課徴金納付命令は発出されません。
 確約手続を利用するためには、公正取引委員会が調査を行う中で確約手続を利用することが「公正かつ自由な競争の促進を図る上で必要である」と認めて、事業者に対し確約手続通知を発出することが前提となります。確約手続の利用が「公正かつ自由な競争の促進を図る上で必要」かどうかは、公正取引委員会がその裁量により判断しますので、事業者が確約手続の利用を希望したとしても、必ずしも確約手続が利用できるわけではありません。

 通知を受けた事業者は、通知を受けた日から60日以内に、被疑事実を排除するために必要な措置に関する計画を記載した「排除措置計画」を作成し、公正取引委員会に当該計画の認定を申請します。公正取引委員会は、「排除措置計画」について措置内容の十分性および措置実施の確実性が認められる場合には、当該計画を認定します。これにより、事業者は排除措置命令・課徴金納付命令の発出を回避することができます。

優越的地位の濫用と下請法との関係

優越的地位の濫用規制における「濫用行為」として紹介した行為類型の多くは、「下請法」(下請代金支払遅延等防止法)の禁止行為と重複しています。
 下請法は、独占禁止法上の優越的地位の濫用に該当する行為について、適用対象を明確にし、独占禁止法に比較して簡易迅速な手続の下で、迅速かつ具体的に下請事業者の保護を図るために制定されたものであり、独占禁止法の補完法と位置付けられています。下請法は、簡易迅速に下請事業者の保護を図る観点から、取引当事者間の個別の事情を考慮しない運用・解釈が行われる反面、下請法違反に対する法的措置は行政指導の一種である「勧告」にとどめられるなどの特色があります。

 下請法の違反要件と優越的地位の濫用規制の違反要件をいずれも満たす場合に、どちらを優先的に適用するかを定めた法令はありませんが、優越的地位の濫用と下請法の双方が適用可能な場合には、通常、下請法が適用されるとされています(「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(原案)に対する意見の概要とこれに対する考え方」1頁)。
 下請法に基づく勧告が行われた場合において、親事業者が当該勧告に従ったときは、独占禁止法に基づく排除措置命令や課徴金納付命令は発出されません(下請法8条)。

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