海外取引や投資における、効果的な商標や意匠の使い方

知的財産権・エンタメ

 当社は、まだ競合商品やサービスのない国で自社製品やサービスを展開しようとしています。ブランド名は、商標登録しておこうと思いますが、すぐに後発事業者や競合品が現れるのではないかと心配です。自社の優位性を長期的に確保できる、効果的な商標権や意匠権の使い方があれば教えてください。

 商標権や意匠権は、単に製品名やサービス名を守るという以外にも、その国の市場を抑え、後発事業者や競合品を排除して、先行者の利益を長期間享受するための効果的な使い方がいくつかあります。柔軟な知的財産戦略が必要です。

解説

目次

  1. ブルーオーシャンを「名前」で抑える
  2. 日本の一般名称でも外国で商標登録できる場合がある
  3. 立体商標や新しい商標の活用
  4. 意匠権の活用
  5. まとめ

ブルーオーシャンを「名前」で抑える

 まだその国に全くない製品やサービス(以下、「製品等」といいます)を展開する場合、その製品等の固有名詞は、そのまま、その製品等の一般名詞になりえます。したがって、その名称を商標権でしっかり抑えておくことは、その国のその市場をすべて抑えることにもつながります
 日本でも、よく知られていて、皆さんが一般名称だと思っているものも、実は商標権で抑えられているものは多くあります。たとえば、以下のようなものがそれにあたります。

商標 権利者 登録番号
宅急便 ヤマト運輸株式会社 第3023793号
弾丸ツアー 株式会社ジェイティービー 第4512010号
ゆるキャラ 有限会社みうらじゅん事務所 第5609958号
万歩計 山佐時計計器株式会社 第1728037号
ウォシュレット TOTO株式会社 第1665963号
プチプチ 川上産業株式会社 第2622392号

 このように、新しい製品等をその国に市場に投入する場合には、その商品名をしっかり検討し、ユーザーが「一般名称」化するような名前を商標登録することで、後発の事業者が出てきた場合でも、あくまで「有名な〇〇に似ている偽物」と市場に認識してもらえる効果を期待することができます。
 もちろん、名前を抑えるだけで、すぐにその国の市場を独占できるわけではなく、他にも様々な事業戦略を立てなければならないことは当然ですが、商標を抑えることによって、その国の市場を抑えるための大きなツールを手に入れることができます。

日本の一般名称でも外国で商標登録できる場合がある

 商標権は、国ごとの権利であり、かつ、これまでに誰かが使っていたとしても商標登録することができる(「新規性」の要件が不要。詳しくは「海外取引や投資に必要な商標と知的財産戦略の基本」参照)ものですので、すでに日本では一般名称として使用されているものであっても、まだそれが知られていない国に初めて持ち込む場合は、その一般名称自体が商標登録できる場合がありうるということになります。
 たとえば、その国の実状や法制度にもよりますが、「たこ焼き」をはじめてある国に持ち込む場合、事前に「TAKOYAKI」を商標出願することによって、その国での「TAKOYAKI」を独占することも、可能となりうる場合があるということになります。
 先行者は、様々な苦労やコストを負担してその国での市場を切り拓くわけですから、せっかく切り拓いた市場をしっかりと守れるように、ブランド戦略にもしっかりとした工夫をしたいところです。

立体商標や新しい商標の活用

 製品のデザインや形は、本来的には意匠権で保護されるものではありますが、意匠権は期間が決まっており(日本では、設定登録日から20年)、かつ、「新規性」が必要ですので、いったん発表してしまった製品の形については、原則として、意匠出願はできないことになります。
 一方で、商標権は、更新さえすれば永続的に維持が可能ですし、すでに発表済みの製品の形であっても、商標登録が可能です。
 したがって、独特の製品のデザインや形自体が、顧客から認識され、自他識別の要素となっている場合には、製品の名前を商標登録したとしても、肝心のデザインや形が真似されてしまえば、自社の市場をきちんと守ることは非常に難しくなってしまいます
 そこで、そのような場合には、製品のデザインや形自体を、「立体商標」として出願し、登録を受けておくことを検討する必要があります。

事例(本田技研工業株式会社「スーパーカブ」)

 日本では、平成26年6月に、本田技研工業株式会社の「スーパーカブ」が立体商標として登録され、話題となりました。

本田技研工業株式会社「スーパーカブ」(商標登録第5674666号)

出典:特許庁商標公報(商標登録第5674666号)

事例(菊正宗酒造「樽酒」)

 菊正宗酒造株式会社は、平成29年1月に純米樽酒135mlカップをアメリカへ輸出開始するのに伴い、アメリカで「感覚・触感商標」の商標登録申請を行いました。菊正宗酒造のホームページでは、カップ自体の表面を、酒樽を想起させるような杉樽と同じ18面体の板を表現してグリップ感を持たせ、竹のタガ部分はツルツルとした手触りを残しながら、木の部分にニス加工のシュリンクで木肌の手触りを想起させたという特徴が述べられています。

菊正宗酒造「樽酒」

出典:菊正宗酒造株式会社ウェブサイト「アメリカ輸出に伴い「感覚・触感商標」登録申請

事例(トンボ鉛筆およびセブン-イレブンジャパン)

 特許庁は、2017年3月に、トンボ鉛筆およびセブン-イレブンジャパンを出願人とする、色の商標について、日本で初めて「色彩のみからなる商標」の登録を認める判断をしました。
 このように、テーマカラーや色の組み合わせについても、商標として保護される余地が出てきたことは、ブランド戦略の幅を広げるものとして非常に大きな意味があります。海外においても、色の商標の登録を認める国においては、わかりやすい「色彩」を商標として登録することにより、言語を超えたブランド戦略が可能となりますので、検討する価値は、十分にあると言えます。

出願人 出願番号 商標 区分/指定商品・役務
トンボ鉛筆 2015-29914 トンボ鉛筆(色彩のみからなる商標) 16類/消しゴム
セブン-イレブン・ジャパン 2015-30037 セブン-イレブン・ジャパン(色彩のみからなる商標) 35類/身の回り品・飲食料品・酒類・台所用品・清掃用具及び洗濯用具・
薬剤及び医療補助品・化粧品・歯磨き及びせっけん類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供 他
出典:経済産業省「色彩のみからなる商標について初の登録を行います 別紙

意匠権の活用

 意匠権は、本来、デザインを保護するための権利であり、いわゆるプロダクトデザインを真似されないために活用されてきました。
 一方で、製品の技術的なアイデアといったものは、特許で保護するのが本来の姿です。
 しかしながら、海外、特に知的財産法の整備が日米欧ほど進んでいない地域においては、実際に特許権侵害が行われた場合に、特許訴訟などによってこれを差し止めようとしても、訴訟に数年といった非常に長い期間を要し、実質的な意義が乏しかったり、判決そのものの精度が必ずしも高いとは言えず、信頼に値する知的財産訴訟が期待できない場合があります。
 一方で、商標権や意匠権の侵害については、判断がしやすいこともあり、現地の行政当局の取り締まりによって、迅速に侵害排除が可能となる場合が多くあります

 そこで、特許だけではなく、意匠権を効果的に取得しておくことで、模倣品対策をスムーズに進めることが可能となる場合があります
 特に、消耗品や交換部品などについて、意匠登録をしておくことにより、実質的に、非純正品の出願を排除して、市場を守ることは、近年、広く行われるようになってきました。
 日本でも、以下のように、充電器や電池パック、バッテリーといったものについて、純正品本体に適合させようとすると意匠権侵害の可能性が出てくるような意匠権を取得し、事実上これらの消耗品について非純正品の出現を抑える例が見受けられます
 このような戦略は、特に特許訴訟制度が未成熟な海外においては、非常に大きな効果を発揮すると言えます。

事例(日本たばこ産業株式会社「たばこ吸引具バッテリー」)

 たばこ吸引具のバッテリーのうち、本体との結合部分(下図の実践部分)のみを意匠登録している事例。

日本たばこ産業株式会社「たばこ吸引具バッテリー」(意匠登録第1554861号)

出典:意匠公報(意匠登録第1554861号)

事例(ソニー株式会社「電池パック」)

ソニー株式会社「電池パック」(意匠登録第1247046号)

出典:意匠公報(意匠登録第1247046号)

まとめ

 以上のように、知財戦略、とりわけ海外戦略においては、まず自社の利益の源泉がどこにあるのかをしっかりと検討したうえで、その利益の源泉を抑えることができる知財戦略を、柔軟な思考で検討することが重要です。

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