紛争解決方法の種類とその選択

訴訟・争訟

 先日、当社からA社に納入したある製品について、不具合があったとA社社長からクレームがありました。A社社長は誤解しており、当社製品は仕様どおりの性能を有しているのですが、当初説明に伺った当社担当者の対応がまずく、A社社長をますます怒らせてしまいました。A社社長は悪い人ではないのですが、やや意固地なところがあります。納入した製品の代金は、回収を諦められるほど安くはなく、何度もお支払いをお願いしていますが、A社社長は、「その話はしない」と言って、聞く耳を持ってくれません。A社は当社の長年の取引先であり、問題の製品以外の取引は現在も続いていることから、当社社長は「できるだけ穏便に解決せよ」と言うのですが、話し合いもできないような状況ですので、かくなるうえは訴訟を提起するしかないのでしょうか。

 法的紛争解決手続には、民事訴訟等のほか、裁判外紛争解決手続(ADR)もあります。後者の裁判外紛争解決手続は、当事者間の合意によって紛争を解決するものであるため、その利用の当否は合意成立の可能性がどの程度あるのかによりますが、訴訟を提起するよりも当事者間に感情的な軋轢も生じにくく、また、非公開であるというメリットもありますので、かかる手続を利用することも検討に値します。

解説

目次

  1. 紛争解決方法の種類
  2. 民事訴訟等
    1. 民事訴訟
    2. 支払督促
  3. 裁判外紛争解決手続
    1. 民事調停
    2. 各種ADR
  4. 紛争解決方法選択時の留意点

紛争解決方法の種類

 企業間の紛争については、当事者同士の話し合いによって互譲的な解決が図られることも多いでしょうが、係争金額が多額で軽々には譲歩ができなかったり、交渉過程で互いの信頼関係が失われてしまったりして、当事者のみでは紛争解決が難しい場合もあります。このような場合は、公的機関等が主宰する法的紛争解決手続を利用して、紛争の解決を図るべきこととなります。

 法的紛争解決手続には、大別すれば、強制的な権利実現を可能とするための民事訴訟等と、当事者間の合意を形成するための裁判外紛争解決手続ADR:Alternative Dispute Resolution)とがあります。民事訴訟等は、当事者間の紛争につき、裁判所等が判決等によって何らかの結論を下すものであり、これには一定の強制力が付与されます。他方、裁判外紛争解決手続は、あくまでも当事者が協議のうえ合意によって紛争を解決することを目指すものですが、公的機関等に属する第三者が当事者間の協議に関与し、当事者に歩み寄りを促す等して、紛争解決に寄与するという手続です。

紛争解決方法の種類 概要
民事訴訟等 民事訴訟
(通常訴訟、手形・小切手訴訟、少額訴訟等)
・当事者間の紛争につき、裁判所等が判決等によって結論を下す
・上記結論には、一定の強制力が付与される
支払督促
裁判外紛争解決手続
(ADR:Alternative Dispute Resolution)
民事調停 ・当事者間の紛争につき、当事者が協議のうえ合意によってこれを解決することを目指す
・公的機関等に属する第三者が当事者間の協議に関与し、当事者に歩み寄りを促す等して、紛争解決に寄与する
各種ADR
(公的機関、民間機関)

民事訴訟等

民事訴訟

 民事訴訟においては、たとえば設例のように相手方に金銭の支払いを請求する者(原告)であれば、その相手方を被告とし、「被告は、原告に対し、◯◯円を支払え」という内容の判決を出すよう裁判所に求める内容の訴状を提出します。被告が請求を争うときは、「原告の請求を棄却する」という判決を求める答弁書を提出します。その後は、原被告が主張書面や証拠を提出し合い、場合によっては、証人ないし当事者の尋問も実施されます。このような過程で、裁判所からの勧告に従い、原被告が訴訟上の和解をすることもありますが、和解が成立しなければ、最終的には裁判所が判決を下します。

 裁判所の判決が原告の請求を認容する内容であった場合、この判決は「債務名義」(民事執行法22条)となり、原告は、これを用いて被告の資産に対する強制執行を申し立てることができます。すなわち、仮に被告が判決に従わず、原告に任意に金銭を支払おうとしない場合でも、原告は被告の資産を強制的に換価してその代金を収受することができるのであり、民事訴訟とは、突き詰めれば、この債務名義を得るための手続であるといえます。

 なお、民事訴訟については、一般的なもの(通常訴訟)のほか、手形または小切手による金銭の支払請求を対象とする手形・小切手訴訟(民事訴訟法350条ないし367条)や、60万円以下の金銭の支払請求を対象とする少額訴訟(民事訴訟法368条ないし381条)といった特別の訴訟があり、原則として一回の期日で審理を終える、証拠は文書に限る等、審理の簡易・迅速化が図られていますが、手続保障の観点から当事者には通常訴訟への移行を求める権利が認められていることもあってか、実務的にはさほど多くは利用されていないように思われます。

支払督促

 「金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求」をしようとする者は、民事訴訟を提起する以外に、支払督促の発付を求めることもできます(民事訴訟法382条)。

 支払督促を申し立てると、請求の相手方が請求者の主張を争わないであろうことを前提に、主張の真否について実質的な審理をすることなく、簡易裁判所の裁判所書記官が支払督促を発付して、相手方に金銭の支払い等を命じます。支払督促も債務名義となりますので、この手続によれば、民事訴訟よりもはるかに簡易・迅速に債務名義を取得することができます。また、申立費用が民事訴訟の半額であるというメリットもあります。

 もっとも、請求の相手方が督促異議の申立てをしたときは、民事訴訟(通常訴訟)に移行することとなりますので(民事訴訟法395条)、結局は裁判所の審理を受けなければならなくなります。特に注意が必要なのは、支払督促の管轄裁判所が原則として請求の相手方の普通裁判籍(住所地等。民事訴訟法4条)の所在地を管轄する簡易裁判所であり、督促異議の申立てがあった場合、その簡易裁判所における民事訴訟に移行するということです。

 この点、最初から民事訴訟を提起する場合には、管轄裁判所は様々あり得るため(民事訴訟法5条等)、遠方に在住する者を相手方とする場合にも、近隣の裁判所への訴訟提起が可能なことはありますが、なまじ支払督促を申し立てて督促異議を出されると、遠方の裁判所での訴訟対応を余儀なくされ、コストがかさんでしまうことになります。こうしたことからすれば、支払督促を申し立てるのは、督促異議が出される可能性が相当低いと見込まれる場合に限られるでしょう。

裁判外紛争解決手続

民事調停

 民事調停とは、「民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とする」手続です(民事調停法1条)。

 民事調停においては、裁判官である調停主任一人と、民間から選ばれる弁護士その他一定の専門知識を有する民事調停委員二人とで構成される調停委員会が手続を主宰しますが(民事調停法5条ないし7条)、基本的には、同委員会が何らかの結論を下すということではなく、同委員会の関与のもと、当事者が協議を通じて合意による紛争解決を目指します。当事者間の合意を基礎としますので、必ずしも法的判断に縛られず、柔軟な解決が図れることがありますし、あくまで「話し合い」の手続であるため、民事訴訟(いわゆる「裁判沙汰」)と比べれば、当事者間に感情的な軋轢を生じさせたり、当事者の風評を悪化させたりする度合いは小さいともいえます。なお、民事調停は、民事訴訟と異なり、非公開の手続です。

 ただし、裏を返せば、「話し合い」である以上、当事者間に合意が成立しなければ、調停不成立として手続は終了し、結局訴訟を提起せざるを得ないようなことになって、かえって紛争解決までに時間を要することにもなりかねません。また、実務的な感覚として、特に一方当事者が大企業である場合等に、民事調停委員から、あまり合理性がないような大幅な譲歩を促されることもあるように思われます。もちろん、そのような譲歩は拒絶すればよいわけですが、民事調停委員の考えが相手方に伝わった場合に、相手方に過剰な期待感を与え、そのことが紛争解決をより困難にしてしまうこともあり、注意が必要です。

各種ADR

 裁判外紛争解決手続(ADR)には、裁判所が主宰する民事調停のみならず、公的機関(労働委員会、建設工事紛争審査会、国民生活センター等)や民間機関(各弁護士会の紛争解決センター、金融ADRにおける指定紛争解決機関である全国銀行協会、証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC)等)が主宰するものもあります

 これらのADRも、あくまでも当事者間の合意によって紛争を解決する手続であることは、民事調停と変わりません(ただし、金融ADRにおいては、紛争解決委員が特別調停案を提示した場合、金融機関はこれを受諾するか、受諾しない場合には自ら民事訴訟を提起して紛争解決を図らなければならないこととされています)。もっとも、各種ADRにおいて手続に関与するあっせん委員、紛争解決委員等は、対象となる事案の性格(労使紛争、建設工事に係る紛争、金融商品取引に係る紛争等)に応じて特に高度な専門知識を有する者であることが多く、これらの委員は、民事調停委員よりもさらに妥当な解決案を提示・推奨してくれることもあります。

 他方で、当事者間に合意が成立する見込みがなければ利用価値に乏しい、委員によっては不合理な譲歩を求めてくる可能性があるといったデメリットがあることも、民事調停と同様です。

紛争解決方法選択時の留意点

 当事者間の話し合いのみでは紛争の解決に至らない場合に、法的紛争解決手続の利用が検討されることになるわけですが、そうであるとすれば、その紛争に関して当事者間に合意が成立する可能性はもともと高いとはいえず、したがって、第一次的には民事訴訟の提起が検討されるべき場合が多いようには思われます。

 もっとも、設例のように、相手方が感情的になっているだけであって、公平な第三者が立ち会う中で冷静な協議ができれば合意成立の可能性もある程度見込まれるという場合には、裁判外紛争解決手続の利用を検討する余地はあります。その場合、たとえば相手方に対して「当社としても、ただ請求を諦めるというのでは社内で説明がつかないので、公平な第三者も交えた形でお話し合いをさせていただきたいと考えている」といった事前の説明を行ったうえで、事案の性格に応じて適切と考えられる機関における裁判外紛争解決手続を申し立てることが考えられます。

 そのほか、請求をしようとする者において、①万一事案の内容が公になれば風評の悪化が予想される等、非公開の手続へのニーズが特に高い場合や、②純粋な法的判断からすれば請求が認められない可能性が高いが、相手方にも非があり、事案の「筋」としては、相手方も一定程度譲歩してしかるべきと認識している場合等において、裁判外紛争解決手続の利用を検討し得ますが、前記のとおり、合意成立の可能性がそもそもないのであれば同手続を利用する意味はあまりなく、事前の当事者間の話し合いの段階で相手方の譲歩の可能性がどの程度あるかを見極めておくことが重要といえるでしょう。

 なお、一定の類型の紛争については、法律上、民事訴訟を提起する前に必ず民事調停を申し立てなければならない(調停前置。たとえば、賃料増減額請求について、借地借家法11条、32条)とされているものがあることにも注意が必要です。

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