DXに取り組むうえで知っておきたい7つの政府施策・制度
IT・情報セキュリティ昨今の状況に対応するため、当社でもデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいます。DXを推進するうえで知っておくべき政府施策や制度、議論の状況等について教えてください。
DXに関する政府の施策としては、2020年12月に公表された「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会」による「DXレポート2(中間取りまとめ)」に今後の方向性が掲げられています。企業法務と関連する事項としては、デジタルガバナンス・コードの普及、DX認定/DX銘柄の普及、DX推進指標への対応があり、DXを進めるにあたり、これらの制度を利用することが考えられます。なお、DXにおいては個人情報の適切な取扱いも課題となることから、「DX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブックver1.0」(2020年8月)が公表されています。
また、DX時代における新たな法規制のあり方についての議論が始まっており、新しいモデルでは、政府が制定した一方的なルールによる規制ではなく、ルール形成に企業も共同して参画することが期待されています。今後、企業の法務部にとっては、単にルールを理解し遵守するというだけではなく、ルール形成にいかに関わっていくのかも重要になると考えられます。
解説
DXに関する政府の施策
政府は、競争力の維持・強化のために、企業のDXの推進を、企業内面への働きかけと、市場整備という企業外面からの働きかけの両面から、政策として行ってきました。
経済産業省は、2018年9月に「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」を公表し、DXの推進に関する課題を指摘したうえで対応策を提言しています 1。
もっとも、それから2年後に、独立行政法人情報処理推進機構(以下「IPA」といいます)が日本企業のDX推進への取り組み状況を分析した結果、9割以上の企業がDXにまったく取り組めていないか、散発的な実施にとどまっていることが明らかになりました 2。
そこで、経済産業省は、2020年12月に「DXレポート2(中間取りまとめ)」を公表し、DXの現状認識とコロナ禍によって表出したDXの本質、企業の経営・戦略の変革の方向性、政府の政策の方向性、今後の検討の方向性を示しています。
同レポートが示す今後の方向性は、ビジネス、テクノロジー、制度面など多岐にわたっています(図表1)。
【図表1】今後の検討の方向性
*既存施策の深化・展開
対応策 | 今後の検討の進め方 | |
---|---|---|
5.1 事業変革 の環境整備 |
DXの認知・理解向上 | 認知向上に向けては、事例集の作成を検討。理解向上に向けては、共通理解形成のためのポイント集を活用。 |
共通理解形成のためのポイント集 | 研究会WG1の成果物(ポイント集)を公開し、活用を推進。 | |
CIO/CDXOの役割再定義 | 継続議論。 | |
DX成功パターン | デジタルガバナンスコードの業種別リファレンスとの整合性を図りながら、有識者との検討を進め、パターンを具体化。年度内目途で成案。 | |
デジタルガバメント・コードの普及* | 業種別、中小企業向けリファレンスガイドの作成。投資家サイドへの働きかけの検討。 | |
DX認定/DX銘柄の普及* | DX認定の本格開始、認定付与の際のインセンティブの検討。DX銘柄の普及とDX認定との連携。中小企業向けの選定の検討。 | |
DX推進指標等* | DXの加速をDX推進指標により継続的に評価。 | |
レガシー刷新の推進* | プラットフォームデジタル化指標の策定、及びプラットフォーム変革手引書の公開を年度内目処で実施。 | |
5.2 産業変革 の制度的支援 |
ツール導入に対する支援 | 既存施策の普及展開。デジタル化・DX事例集の内容の拡充と展開。 |
ユーザー企業とベンダー企業の共創の推進 | ユーザー企業とベンダー企業の共創関係の在り方について引き続き検討を進め、ベンダー企業が有する機能・能力の整理及び競争力に係る指標を策定。 | |
研究開発に対する支援 | 研究開発税制による税制優遇を創設 | |
デジタル技術を活用するビジネスモデル変革の支援 | 産業競争力強化法(DX投資促進税制)、中小企業向けDX推進指標、DX認定企業向け金融支援について検討。 | |
5.3 デジタル社会基盤の形成 | 共通プラットフォーム推進 | 社会インフラや民間事業の非競争領域における共通プラットフォームの構築を推進。 |
アーキテクチャ推進 | 情報処理推進機構デジタルアーキテクチャ・デザインセンターを中心にアーキテクチャ設計と人材育成を推進。 | |
5.4 人材変革 | リスキル・流動化環境の整備 | 学びの場の形成、スキルの見える化等の仕組みを検討。 |
出典:デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会「DXレポート2(中間とりまとめ)」(令和2年12月28日)44頁をもとに編集部作成
本稿では、上記のうち、企業法務と主に関連がある、①デジタルガバナンス・コードの普及、②DX認定/DX銘柄の普及、③DX推進指標について解説します。
デジタルガバナンス・コードの普及
経済産業省は、企業のDXに関する自主的取り組みを促すため、デジタル技術による社会変革を踏まえ、経営者に求められる企業価値向上に向けて実践すべき事柄を「デジタルガバナンス・コード」として取りまとめています。
デジタルガバナンス・コードにおいては、まず(1)基本的事項として①柱となる考え方、②認定基準が策定され、さらに、(2)望ましい方向性と(3)取組例が示されています。いずれもDX推進にあたって参考にすることができるものです。
(1)基本的事項の①柱となる考え方としては、以下があげられています。
- ビジョン・ビジネスモデル
- 戦略
- 組織づくり・人材・企業文化に関する方策
- ITシステム・デジタル技術活用環境の整備に関する方策
- 成果と重要な成果指標
- ガバナンスシステム
経営者は、事業部門(担当)や IT システム部門(担当)等とも協力し、 デジタル技術に係る動向や自社のITシステムの現状を踏まえた課題を把握・分析し、戦略の見直しに反映していくべきである。また、経営者は、事業実施の前提となるサイバーセキュリティリスク等に対しても適切に対応を行うべきである。
[取締役会設置会社の場合]
取締役会は、経営ビジョンやデジタル技術を活用する戦略の方向性等を示すにあたり、その役割・責務を適切に果たし、また、これらの実現に向けた経営者の取組を適切に監督するべきである。
デジタルガバナンス・コードは、後述のDX認定制度/DX銘柄のベースとなる考え方で、これらの制度と連動しています。
また、DXの推進にあたっては、経営者と事業部門、DX部門、IT部門などの執行を担う関係者の取り組みだけでなく、経営の監督を担うべき取締役ないしは取締役会が果たすべき役割も極めて重要です。そこで、取締役会での議論の活性化に資する観点から、コーポレートガバナンス・コードにおける取締役会の実効性評価にも活用できるものとして、「DX推進における取締役会の実効性評価項目」(全18項目)が取りまとめられています。
18の実効性評価項目は以下のとおりです。
- DXの知見を有する取締役の選任
- DXによる価値創造に対するビジョンの共有
- 非連続的イノベーションへの危機感とビジョン実現の必要性の共有
- DXへの経営トップのコミットメント
- DXに求められるマインドセット、企業文化の構築
- DXへの投資意思決定、予算配分
- DX推進・サポート体制
- DX人材の育成・確保
- DX戦略とロードマップの議論と合意形成
- DXを実現するためのITシステムになっているかについての監督
- ITシステムがレガシーになっていないかについての監督
- IT資産の仕訳とロードマップについての議論と合意形成
- DX推進に向けてのガバナンス・体制の整備に対する監督
- IT投資に対する評価の仕組みに対する監督
- 経営陣の評価にDXの取組みを考慮すること
- DXへの取組みについてのステークホルダーへの情報開示
- DX推進に対する課題・障害
- DX推進に対する課題・障害を乗り越えるための取締役会の取組み
DX認定の普及
DX認定制度は、経営者が、デジタル技術を用いたデータ活用によって自社をどのように変革させるかを明確にし、実現に向けた戦略をつくるとともに、企業全体として、必要となる組織や人材を明らかにしたうえで、ITシステムの整備に向けた方策を示し、さらには戦略推進状況を管理する準備ができている状態(DX-Ready)の事業者に対して、経済産業省が認定を付与するという制度です。
DX認定制度は、「情報処理の促進に関する法律」(以下「情報促進法」といいます)に基づいて付与される公的な認定制度です 3。具体的には、国が策定した「情報処理システムの運用管理に関する指針」を踏まえて、DXに向けた優良な取り組みを行う事業者を申請に基づいて認定します。認定の基準は経済産業省令 4 に定められており、実際の認定審査事務はIPAが行っています。
DX認定制度とデジタルガバナンス・コードの関係ですが、デジタルガバナンス・コードの「(1)基本的事項」の部分がDX認定制度と対応しています(図表2)。
【図表2】DX認定制度とデジタルガバナンス・コードの関係
「DX認定制度 申請要項(申請のガイダンス)」(2020年11月9日)9頁をもとに編集部作成
また、後述するDX銘柄にエントリーするためには、DX認定の申請が必要とされています。
なお、DX認定事業者のなかから、DX-Excellent企業、DX-Emerging企業の選定が行われます。また、DX認定事業者はIPAのウェブサイトにおいて公表されています 5。
DXを進めるにあたって、社内の関係者をまとめるために(たとえば「DX認定制度を取得するために、〇〇してください」と依頼すると、やるべきことが明確になるので話が通りやすい場合もあります)、DX認定制度を活用することも1つの手段として考えられます。
DX銘柄の普及
DX銘柄とは、東証に上場している企業のなかから、DXを推進するための仕組みを社内に構築し、優れたデジタル活用の実績が表れている企業を「DX銘柄」として、業種区分ごとに選定したものです。
DX銘柄の選定は、6つの項目(①ビジョン・ビジネスモデル、②戦略、③組織・制度等、④デジタル技術の活用・情報システム、⑤成果と重要な成果指標の共有、⑥ガバナンス)と財務指標についてスコアリングした後に、評価委員会の最終選考を経て、評価委員会によって選定されます。
本稿の執筆時点で最新となるDX銘柄2021の選定は、一次評価と二次評価による2段階での評価により行われます。DX銘柄2021の選定においては、DX銘柄2020から、評価項目についてデジタルガバナンス・コードと銘柄評価基準を連動させ、さらに新型コロナウイルス感染症を踏まえた審査項目を追加する変更がなされました(一次評価)。また、二次評価について、①企業価値貢献、②DX実現能力の観点から行われることが明確化されました。
DX銘柄は、経済産業省のウェブサイトにおいて公表されています 6。
なお、DX銘柄2020として35社が、DX注目銘柄2020(DX銘柄に選定されなかった企業中、総合的評価が高かった企業、注目されるべき取り組みを実施している企業)として21社が選定されています。DX銘柄2021の応募申請は2021年1月13日に締め切られており、2021年5月中旬から下旬での発表が予定されています。
DX推進指標
DXの推進状況について企業が簡易な自己診断を行うことを可能とするために、経済産業省は「DX推進指標」を取りまとめています。
DX推進指標は、①DX推進のための経営のあり方、仕組みに関する指標、②DXを実現するうえで基盤となるITシステムの構築に関する指標から構成され、それぞれに定性指標と定量指標があります。その概要は図表3の通りです。
【図表3】DX推進指標
自己診断結果については、IPAのウェブサイト 7 を通じて提出することで、IPAで収集されたデータに基づき各社の診断結果を総合的に分析し、自社の診断結果と全体データとの比較が可能となるベンチマークを作成することができます。このベンチマークを活用することにより、他社との差を把握し、次にとるべきアクションについて理解を深めることができます。
DX時代における企業のプライバシーガバナンス
DXにおいてはデータに含まれる個人情報の適切な取扱いも課題となります。そのため、総務省・経済産業省は、企業の経営者・データ部門責任者向けに、「DX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブックver1.0」(2020年8月)を公表し、DXにチャレンジする企業が、消費者等の信頼の獲得につながるプライバシーガバナンスの構築に向けて取り組むべきことについて整理をしています。
プライバシーガバナンスの構築に向けて取り組むべきこととしては、大項目としては以下があげられています。
- 体制の構築
- 運用ルールの策定と周知
- 企業内のプライバシーに係る文化の醸成
- 消費者とのコミュニケーション
- その他ステークホルダーとのコミュニケーション
上記は内容としては一般的なものですが、個人情報を取扱う企業においては、これらをどのように実務に落とし込んでいくかが課題となります。
DX時代における法制度のあり方の改革
DX時代においては、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させるシステム(サイバー・フィジカルシステム)が構築された社会の実現が想定されます。このような社会は「Society5.0」と名づけられています。
Society5.0が、従来のフィジカル空間を中心とする世界と前提を大きく異にする世界であることから、こうした課題の解決にあたっては、既存の制度枠組の改正では対応できず、企業、法規制、市場といった既存のガバナンスメカニズムを根本から見直す必要があると考えられています。
そこで、経済産業省に設置された「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」では、2020年7月に、「GOVERNANCE INNOVATION:Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」報告書を公表しました。同報告書では、ゴールベースの法規制や、企業による説明責任の重視、インセンティブを重視したエンフォースメントなど、横断的かつマルチステークホルダーによるガバナンスのあり方が提示されました。
そして、2021年2月には、同報告書を踏まえて、「「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」報告書(案)」が公表されています 8。
同報告書が提示する「アジャイル・ガバナンス」とは聞き慣れない用語ですが、変化し続ける社会とゴールに対応するため、「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「説明」「評価」「改善」のサイクルを、政府、企業、個人・コミュニティといった様々なステークホルダーが、自らの置かれた社会的状況を継続的に分析し、目指すゴールを設定したうえで、ゴールを実現するためのシステムや法規制、市場、インフラといった様々なガバナンスシステムをデザインし、その結果を対話に基づき継続的に評価し改善していくモデルとされています(図表4)。
【図表4】
DX時代においては、企業が大量の情報を保有・管理しており、政府が外部からその詳細を把握し、モニタリングすることは一層困難になっています。そのため、企業自身が事業活動のモニタリングを行う役割を担うことが実効的かつ効率的であるとして、企業には、ガバナンスの一翼を担う主体としての役割が期待されています。
つまり、このような新しいアジャイル・ガバナンス・モデルの下では、政府が制定した一方的なルールによる規制ではなく、企業がルール形成に共同して参画すること(共同規制)が期待されています。今後、企業の法務部にとっては、単にルールを理解し遵守するという受け身の姿勢だけではなく、ルール形成にいかに関わっていくのかという視点での能動的な取組みも重要になります。その意味では、今後は、企業法務のあり方が根本的に変わっていく可能性があります。
最近、企業法務におけるルールメイキングへの関心が高まっています。特にDX時代においてはその重要性が高まり、ルール形成に関わるためのスキルが求められる場面が増えることが予想されます。
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同レポートでは、日本企業の課題として、①経営者にデジタルに対するビジョンと戦略が欠けていること、②既存システムのレガシー化、③ユーザ企業の人材不足、④IT産業の受託産業構造等を指摘し、その対応策として「DX推進システムガイドライン」の策定やDX推進指標の構築等を提言していました。 ↩︎
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「DXレポート2(中間取りまとめ)」3頁 ↩︎
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同法の改正(2020年5月15日施行)によりDX認定制度が導入されました。 ↩︎
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経済産業省「情報処理の促進に関する法律施行規則及び中小企業信用保険法施行規則の一部を改正する省令」(2020年5月15日) 独立 ↩︎
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独立行政法人情報処理推進機構 社会基盤センター「DX認定制度 認定事業者一覧の公表について」(2020年11月9日、2021年3月2日最終更新) ↩︎
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経済産業省「「DX銘柄2020」「DX注目企業2020」を選定しました」(2020年8月25日) ↩︎
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令和3年2月19日~令和3年4月18日にてパブリックコメントに付されています。 ↩︎

西村あさひ法律事務所・外国法共同事業