年次有給休暇に関する基本的な留意点
人事労務労働者から、8月1日から6日間、年次有給休暇を取得したいとの要求がありました。この時期は当社の繁忙期にあたり、しかもその労働者は同月1日から3日にかけて予定しているセールの責任者も担っています。もしこの休暇を認めてしまうと、当社の業務運営に支障がでることが確実に予想されます。年次有給休暇は労働者の権利であると聞きますが、このような場合も全て一律に認めなければならないのでしょうか。
客観的な要件を充足する労働者には年休権が発生し、これを行使することが法律上認められていますが、「事業の正常な運営を妨げる場合」、すなわち、当該労働者の指定した日の労働がその者の担当業務を含む相当な単位の業務の運営にとって不可欠であり、かつ、代替要員を確保するのが困難である場合には、時季変更権を行使することができ、年休は成立しないこととなります。
一括して指定された一部についての時季変更権行使も法律上可能とされており、状況に応じた配慮として、本件でいえば6日間のうち、例えば前半3日間について時季変更権を行使するということも考えられます。
解説
はじめに
いわゆる「ブラック企業」と呼ばれる労働者の過酷な過重労働が問題となっている昨今、過労死防止が喫緊の課題とされ、労働者の心身の疲労を回復し、ゆとりのある生活を保障するために付与される年次有給休暇の取得率の向上が目指されています。2020年までに有給休暇取得率70%とするとの政府の数値目標が掲げられており1、また、改正が予定される労働基準法においても、一定日数の年次有給休暇の確実な取得を目的として、使用者は、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、5日について、毎年、時季を指定して与えなければならないこととする内容が盛り込まれる見込みとなっています。
そこで、今後益々重要性が増してくると考えられる年次有給休暇の基本的な留意点について説明したいと思います。
年次有給休暇とは
(年次有給休暇)
第39条 使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。
2 使用者は、1年6箇月以上継続勤務した労働者に対しては、雇入れの日から起算して6箇月を超えて継続勤務する日(以下「6箇月経過日」という。)から起算した継続勤務年数1年ごとに、前項の日数に、次の表の上欄に掲げる6箇月経過日から起算した継続勤務年数の区分に応じ同表の下欄に掲げる労働日を加算した有給休暇を与えなければならない。ただし、継続勤務した期間を6箇月経過日から1年ごとに区分した各期間(最後に1年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日の前日の属する期間において出勤した日数が全労働日の8割未満である者に対しては、当該初日以後の1年間においては有給休暇を与えることを要しない。
労働基準法では、労働者の心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を図るため、また、今日、ゆとりある生活の実現にも資するという位置づけから、休日のほかに毎年一定日数の有給休暇を与えることが規定されています(労働基準法39条)。
年休権は、①6か月間の継続勤務と、②全労働日の8割以上出勤の2つの要件を充足する労働者に対して、法律上当然に発生する権利であり(最高裁昭和48年3月2日判決・民集27巻2号191頁)、労働者が年休の請求をして初めて生じるものではないとされています。
すなわち、まず、①当該労働者の採用日から起算して6か月間、継続して労働契約が存続することが1つめの要件となります。ここでは、必ずしも出勤を意味するものではなく、長期療養のため休職となっていても継続勤務として取り扱わなければなりません。
そして、②当該労働者の出勤した日を全労働日(労働者が労働契約上労働義務を課せられている日をいい、実質的にみて労働義務の無い日はこれに含まれません〔最高裁平成4年2月18日判決・労判609号12頁〕)で除して、8割以上であることが2つめの要件となります。
労働者が業務上負傷しまたは疾病にかかり療養のために休業した期間および育児休業、介護休業並びに産前産後休業によって休業した期間は、出勤したものとみなして出勤率を算定することとなっていますので留意が必要です(労働基準法39条8項)。
上記2つの客観的な要件を充足することができれば、翌年度の期間について年休権は発生し、反対に要件を充足しなければ、年休権は全く発生しないこととなります。
使用者が、年休権の買上げの予約をし、これに基づいて法定付与日数を減じる、または請求された日数を与えないことは、法違反とされます(昭和30年11月30日基収第4718号)。
なお、実務上、多くの企業では入社時期が必ずしも一定でなく、年度途中の入社も多くなっていることから、毎年同じ日(基準日)に一斉に労働者に年休を付与して管理の合理化を図るという斉一的取扱いがなされています。付与の基準日を法定より繰り下げることは許容されませんが、例えば6か月の継続勤務を待たずに入社日に付与する等、法定より繰り上げることは労働者に有利な取扱いであるため可能とされています(平成6年1月4日基発1号)。
時季指定権と時季変更権
前記のとおり、年休権は、客観的な要件を充足することで発生するものであり〔下記表参照〕、労働者は、時季指定権の行使または労使協定による年休日の特定によって年休の効果、すなわち、労働義務の免除と法所定の賃金請求権の取得という効果を発生させることができます。なお、年次有給休暇は、賃金の減収を伴うことなく労働義務の免除を受けるものですから、休日その他労働義務の課せられていない日については、そもそもこれを行使する余地がないとされています。
労働者が有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定権を行使したときは、客観的に「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当し、これを理由として使用者が時期変更権を行使しない限り、年次有給休暇が成立することとなります(労働基準法39条5項)。
(年次有給休暇)
第39条
5 使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、当該労働者の指定日の労働がその者の担当業務を含む相当な単位の業務の運営にとって不可欠であり、かつ、代替要員を確保するのが困難であることが必要となります。そもそも人員不足のために代替要員の確保が常に困難であるという状況であれば、年休権の保障という趣旨から、時期変更事由の存在を認めるべきではないと解されています。
また、他の時季に年休を与える可能性の存在が前提となるため、労働者退職時に未消化の年休を一括して時季指定するような場合には、他の時季に年給を与える可能性がないため、時季変更権を行使しえないと解されています〔菅野和夫「労働法第十一版」(弘文堂)、昭和49年1月11日基収第5554号参照、ただしこの立場に疑問を呈するものとして、下井隆史「労働基準法〔第4版〕」(有斐閣)〕。
そのほか、一括して複数日の年休の時季指定がなされた場合、休暇の分割に関する制限はなく、その一部についてのみの時季変更権の行使も可能であるとされています〔最高裁平成4年6月23日判決・民集46巻4号306頁〕。
表1 年休の法定付与日数(一般の労働者および週所定労働時間が30時間以上の労働者〔労働基準法施行規則24条の3第1項〕)
勤続年数 | 年次有給休暇付与日数 |
---|---|
6ヵ月 | 10日 |
1年6ヵ月 | 11日 |
2年6ヵ月 | 12日 |
3年6ヵ月 | 14日 |
4年6ヵ月 | 16日 |
5年6ヵ月 | 18日 |
6年6ヵ月以上 | 20日 |
表2 年休の法定付与日数(週所定労働時間が30時間未満の労働者)
年次有給休暇付与日数 | |||||
週所定労働日数 | 4日 | 3日 | 2日 | 1日 | |
1年間の所定労働日数 | 169~216日 | 121~168日 | 73~120日 | 48~72日 | |
勤続年数 | 6ヵ月 | 7日 | 5日 | 3日 | 1日 |
1年6ヵ月 | 8日 | 6日 | 4日 | 2日 | |
2年6ヵ月 | 9日 | 6日 | 4日 | 2日 | |
3年6ヵ月 | 10日 | 8日 | 5日 | 2日 | |
4年6ヵ月 | 12日 | 9日 | 6日 | 3日 | |
5年6ヵ月 | 13日 | 10日 | 6日 | 3日 | |
6年6ヵ月以上 | 15日 | 11日 | 7日 | 3日 |
休暇の利用目的(使途)
年次有給休暇は、賃金の減収を伴うことなく所定労働日に休養させるために付与されるものではありますが、法律上これを個々の労働者がいかなる目的のために利用しようと関知せず、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であるとされ、たとえ休暇の利用目的が休養のためでないという理由であっても、使用者が拒否することは認められていません(前掲・最高裁昭和48年判決)。
また、そもそも、労働者が休暇を利用するにあたってその理由すら申し出る必要はないと考えられています〔厚生労働省労働基準局編「平成22年版 労働基準法 上」(労務行政)〕。
計画的付与
(年次有給休暇)
第39条
6 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項から第三項までの規定による有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、これらの規定による有給休暇の日数のうち五日を超える部分については、前項の規定にかかわらず、その定めにより有給休暇を与えることができる。
労使協定によって、年休を与える時季についての定めをすれば、5日を超える年休日についてのみその定めに従って年休を与えることができることとされています(労働基準法39条6項)。労働者個人による年休の指定が可能な日数も5日分は確保されていなければなりません。
計画年休に関する前記協定の効力によって、特定された年休の日数については、労働者個人による時季指定権は排除されることとなり、当該休暇日に反対の労働者にとっても年休日となります。
時間単位年休
(年次有給休暇)
第39条
4 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、第1号に掲げる労働者の範囲に属する労働者が有給休暇を時間を単位として請求したときは、前3項の規定による有給休暇の日数のうち第2号に掲げる日数については、これらの規定にかかわらず、当該協定で定めるところにより時間を単位として有給休暇を与えることができる。
一 時間を単位として有給休暇を与えることができることとされる労働者の範囲
二 時間を単位として与えることができることとされる有給休暇の日数(5日以内に限る。)
三 その他厚生労働省令で定める事項
年次有給休暇は、日単位での取得が原則となりますが、平成20年の労働基準法改正によって、仕事と生活の調和を図る観点から、年次有給休暇を有効に活用できるようにすることを目的として、労使協定によって、年次有給休暇について5日の範囲内で時間を単位として与えることができることとされました(労働基準法39条4項、労働基準法施行規則24条の4)。
この時間を単位として与える年次有給休暇を実施する場合には、事業場において労使協定を締結する必要があります。あくまで、労働者が請求した時季に時間単位により年次有給休暇を与えることができることとするものであって、個々の労働者に対して時間単位による取得を義務付けるものではなく、労働者の意思により時間単位とするか日単位とするかが決められることになります。このため、前項の計画的付与として時間単位年休を与えることは認められていません(平成21年5月29日基発第0529001号)。
年休の繰越し・消滅
付与された年度内に消化されずに残った年休の取扱いについては、繰越が認められ、当該年休権は2年間の消滅時効(労働基準法115条)にかかると解釈されています(昭和22年12月15日基発501号)。
また、労働者に繰越し分の年休と当該年度分の年休をいずれも有している場合には、原則として、労働者の時季指定権の行使は繰り越し分からなされていくと推定されるべきと考えられています〔菅野・前掲〕。
不利益取扱いの禁止
第136条 使用者は、第39条第1項から第4項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。
年次有給休暇の取得に伴う賃金その他不利益取扱いをすることは、年休の取得を抑制する効果をもつことになるため、不利益な取扱いをしないようにしなければならないとされています(労働基準法136条)。
精皆勤手当や賞与の算定に際して、年次有給休暇を取得した日を欠勤または欠勤に準じて取り扱うことなどは、当該措置の趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年休取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、年休権の行使を抑制し、労働基準法の権利保障の趣旨を実質的に失わせるものとして公序良俗(民法90条)に違反し、無効と解されるおそれがあります(最高裁平成元年12月14日判決・民集43巻12号1895頁)。
おわりに
以上、年次有給休暇に関して基本的な点をご説明しました。実務上、悩ましい事例に遭遇することもありますが、可能な限り労働者の心身の疲労回復を目的とする規定であることに配慮した運用を図っていくことが、良好な労使関係を築いていくために益々重要となってくるように思われます。
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常用労働者数が30人以上の民営企業における、全取得日数/全付与日数(繰越日数を含まない)。「仕事と生活の調和推進のための行動指針」を参考。 ↩︎

弁護士法人中央総合法律事務所