40年ぶりとなる相続法改正が国際相続に与える影響(配偶者の居住権を保護するための方策、遺産分割等に関する見直しについて)
国際取引・海外進出昭和55年以来約40年ぶりとなる、民法の相続法部分の抜本的改正が実施されたと聞きました。その具体的内容はどのようなものですか。また、国際相続に関してどのような影響を与えることになりますか。
今般の相続法改正は、多岐にわたり、これまでの実務を大きく変えるものも数多く含んでいます。その中には国際相続に影響を与えるものも少なくないものと考えられます。
相続法の内容は国毎に大きく異なります。国際相続の場合、被相続人の国籍のみならず、相続財産の種類や所在によりどの国の相続法が適用されるのか変わります。そのため、まずは当該相続手続に日本法が適用されるかを確認することが必要です。日本法が適用される場合には、今回の相続法改正の内容に従うことになります。今回導入された新制度はあくまでも日本独自の制度であり、しかも相続人の権利内容に大きな変化をもたらすものですので、国際相続にあたっては、その内容を理解したうえで慎重に検討する必要があります。
解説
※本記事の凡例は以下のとおりです。
- 民法:民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律を改正する法律(平成30年法律第72号)に基づく改正後の民法
- 家事事件手続法:民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律を改正する法律(平成30年法律第72号)に基づく改正後の家事事件手続法
以下では、多岐にわたる改正相続法の全体像を説明するとともに、国際相続との関係で重要な主な改正項目について説明します。本稿では、配偶者の居住権を保護するための方策、および遺産分割等に関する見直しについて説明します。その他の事項については「40年ぶりとなる相続法改正が国際相続に与える影響(遺言制度、遺留分制度の見直し、相続人以外の者の貢献、適用時期)」(※後日公開予定)を参照ください。
なお、国際相続一般についての概説は「取引先である外国人の顧客に相続が発生した場合の一般的な注意点」を参照ください。
相続法改正の全体像
昭和55年以来約40年間実質的に変更がなかった相続法が、改正されました。
改正相続法は、2018年7月6日に民法(相続法)の改正法案が成立し、同年7月13日に公布され、2019年1月13日から段階的に施行されており、すでに主な規定は2019年の7月1日から施行されています。
今回の相続法改正は、長期間改正がなかった相続法分野について、「社会の高齢化が更に進展し、相続開始時における配偶者の年齢も相対的に高齢化しているため、その保護の必要性が高まってい」たことを踏まえ、またその他多岐にわたる改正項目を盛り込む形で、これを抜本的に見直すものとなっています。そのため、改正項目は多岐にわたります。
国際相続との関係で重要な主な改正項目は、以下の5つです。
改正項目 | 改正後の根拠条文 | |
---|---|---|
① | 配偶者の居住権を保護するための方策(配偶者居住権・配偶者短期居住権の新設) | 民法1028条以下および1037条以下 |
② | 遺産分割等に関する見直し(配偶者保護のための方策としての、持戻し免除の意思表示推定等) | 民法903条4項等 |
③ | 遺言制度に関する見直し(自筆証書遺言の方式緩和) 「法務局における遺言書の保管等に関する法律」の制定 |
民法968条 |
④ | 遺留分制度に関する見直し(遺留分権の行使による効果が、物権的効果から債権的効果に変更) | 民法1042~1049条 |
⑤ | 相続人以外の者の後見を考慮するための方策(相続人でない被相続人の親族が被相続人の療養看護等を行った場合の、相続人に対する金銭請求制度) | 民法1050条 |
以下のとおり、多岐にわたる今回の民法(相続法)の改正項目は上記の他にも多々ありますが、本稿との関係では割愛します(カッコ内は改正後の条数を示します)。
- 遺産分割等に関する見直しに関して、仮払制度等の創設・要件明確化(民法909条の2)
- 遺産分割等に関する見直しに関して、遺産分割前に遺産所属財産を処分した場合の遺産範囲に関する規定(民法906条の2)
- 遺言制度に関する見直しに関して、遺言執行者の権限の明確化(民法1007条、1012条~1016条)
- 相続の効力等に関する見直しに関して、相続させる旨の遺言等により承継された財産の対抗要件の要否の明確化(民法899条の2)
- 相続人以外の者の後見を考慮するための方策に関して、特別の寄与の制度創設に伴う家裁における手続規定の新設(家事事件手続法216条の2から216条の5)
なお、この改正はあくまで日本の相続法の改正であり、国際相続の場面においては、具体的な相続処理にあたって、まずはどの国の法令を適用すればよいかが問題になりますのでご留意ください(この際に適用される法令のことを準拠法といいます)。この点については、「取引先である外国人の顧客に相続が発生した場合の準拠法に関する注意点」で説明していますので、併せて参考にしてください。
配偶者の居住権を保護するための方策
改正法の概要
改正相続法においては、配偶者の権利を保護するための方策の1つとして、①配偶者居住権、および②配偶者短期居住権という権利が創設されました(この改正に関する規定は、2020年4月1日に施行予定です)。
(1)配偶者居住権とは
配偶者居住権とは、配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身または一定期間、配偶者に建物の使用を認めることを内容とする法定の権利をいい、今回の相続法改正で新設されました(民法第8章第1節に「配偶者居住権」(1028条~1036条)の項目を新設)。
被相続人の配偶者が配偶者居住権を得るための方法は以下のとおりです。
- 遺産分割によって定められた場合
- (被相続人の遺言等により)配偶者居住権が遺贈の目的とされた場合
これまでは、たとえば被相続人名義の居住建物に被相続人と住んでいた配偶者が、相続後に住む場所を確保するためには、この居住建物を相続により取得する必要がありました。しかし、この方法では、この建物の価格が高額であった場合などには、それだけで相続すべき相続分が満たされてしまい、この建物以外の財産(生活費の原資となる金銭等)を相続できなくなるリスクがありました。
しかし、新制度においては、配偶者は居住建物自体(=所有権)を取得する必要はなく、居住権のみを得ることが容易になります。この権利を得る場合、当該権利は居住建物全部を取得するよりも低額と評価されるため、当該建物自体は他の相続人に分配し、配偶者が当該建物以外の財産を取得しつつ低廉な価格で配偶者居住権を得ることが可能となるといわれています。もっとも、このことは他の相続人等からみれば、改正法施行前には存在しなかった負担を負うリスクが生じたことを意味します。
【配偶者居住権のイメージ】
相続人が妻および子、遺産が自宅(2,000万円)および預貯金(3,000万円)だった場合
なお、配偶者居住権をいくらと評価すべきかについての考え方は複数あるので、実際の事案では評価額または評価方法が争いになるリスクもあります。
(2)配偶者短期居住権
配偶者短期居住権とは、配偶者が、相続開始時に被相続人の建物(居住建物)に無償で住んでいた場合に取得できる、以下の期間中は居住建物を無償で使用する権利のことをいい、今回の相続法改正で新設されました(民法第5編第8章第2節に「配偶者短期居住権」(1037条~1041条)の項目を新設)。
- 配偶者が居住建物の遺産分割に関与するとき
居住建物の帰属が確定する日までの間(ただし最低6か月間は保障) - 居住建物が第三者に遺贈された場合や、配偶者が相続放棄した場合 居住建物の所有者から配偶者短期居住権の消滅請求を受けてから6か月
これまでは、配偶者が、相続開始時に被相続人の建物に居住していた場合、原則として被相続人と相続人である配偶者の間で使用貸借契約が成立していたと推認されていました(最高裁平成8年12月17日判決・民集50巻10号2778頁)。そして、このような考え方では、第三者に居住建物が遺贈されてしまった場合や、被相続人が反対の意思を表示した場合に、被相続人と配偶者の間で使用貸借が推認されず、配偶者の居住を保護することができませんでした。
しかし、新制度によって、被相続人の意思(遺贈や使用貸借を否定する意思表示)に関わらず、配偶者の居住を、法定の権利として最低6か月は保護することが可能となります。もっとも、このことは他の相続人等からみれば、改正法施行前には存在しなかった負担を負うリスクが生じたことを意味します。
国際相続における影響と留意点
諸外国の例を見ると、フランスなどでは、配偶者は、1年間は無償で住宅と住宅に備え付けられた動産を利用することが可能であり、また、一定の要件のもとで、配偶者がこれら住宅と動産を終身期間利用する居住権および使用権を得ることも保障されているなど、本制度と類似する制度を有しています。
一方で、このような制度がない国もありますし、たとえばイスラム圏においては、配偶者の信仰によって適用される法律自体が変わったり、保護の有無に大きな変化が生じるような場合もあったりします。
本制度がなかった過去の日本の制度や類似の制度がない外国の相続制度を念頭において漫然と居住建物を含めて相続手続を行おうとすると、日本法が適用された場合には、居住建物について想定外の居住権が配偶者に付与されることがあり得る結果、予定していた不動産の処分についての大きな妨げとなりかねません。そのため、改正内容を十分に理解しておく必要があります。
一方で、たとえば遺産を残そうとする本人としては、本制度により自分の妻や夫をより有利に扱えることが可能となるわけですから、本制度の利用を積極的に検討することが有効です(ただし、前提として、相続準拠法として日本法が適用されること、および本制度の要件を満たしているか否かについて、慎重に確認する必要があります)。
遺産分割等に関する見直し
改正法の概要
改正相続法においては、配偶者の権利を保護するための方策の1つとして、持戻し免除の意思表示が推定される旨の規定が設けられました(この改正に関する規定は、2019年7月1日に施行済みです)。
民法では、被相続人が特定の共同相続人に対して遺贈や生前贈与を行ったときは、原則としてこれらは遺産の先渡しと評価されます。これを「特別受益」と呼びます。そして、共同相続人の法定相続分を算定する際には、原則としてこの額が控除されて、最終的に取得できる財産が増加しすぎないよう調整されることになっています。これを「持戻し」と呼びます。
ただし、被相続人がこれと異なる意思表示(控除させないという意思表示)をしたときは、特別受益として評価されない(最終的に取得できる財産は増加する)ものとされていました。これが「持戻しの免除の意思表示」です。
改正相続法では、結婚生活が長期間(20年以上)に及ぶ配偶者の一方が他方に対して、居住用の土地や建物を遺贈または贈与した場合に、この「持戻し免除の意思表示」が推定されることになり、原則として計算上遺産の先渡し(特別受益)を受けたものとして取り扱わなくてよいことが明文化されました(民法903条(特別受益者の相続分)の規定に、第4項が新設)。
婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定(注:特別受益が控除されると定めた規定)を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。
これまでは、生前に配偶者に贈与等を行っても、持戻しが行われてしまう結果、持戻し免除の意思表示をあえて行い、それが証拠として残っていない限り、相続を経て配偶者が最終的に取得する財産を増加させることができませんでした。
しかし、新制度においては、現行法下の原則と例外が逆転することになり、原則として、(すべてが法定相続される場合に比べて)配偶者はより多くの財産を取得することが可能となり、配偶者の権利が保護されるようになりました。もっとも、このことは他の相続人等からみれば、改正法施行前には存在しなかった負担を負うリスクが生じたことを意味します。
【改正によって持戻し免除の意思表示が推定されるように】
相続人 配偶者と子2名(長男と長女)
遺産 居住用不動産(持分2分の1) 2,000万円(評価額)
その他の財産 6,000万円
配偶者に対する贈与 居住用不動産(持分2分の1) 2,000万円
なお、あくまで推定なので、持戻し免除の意思表示がなかったことが証明された場合など、持戻しが行われる可能性がゼロになったわけではありません。
国際相続における影響と留意点
遺贈や生前贈与があった場合に、他の共同相続人との公平を図るための一定の制度(特別受益等)は、アメリカや韓国など諸外国においても散見され、また持戻し免除についての規定を有する国もありますが、その要件は様々です。
一方で、たとえば、イギリスでは特別受益の制度自体が10年以上前に廃止されて、このような制度自体が存在しません。
そのため、まずは諸外国の法律との違いがあり得るということについて理解することが重要です。そのうえで、日本法が適用されるものの持戻しを主張したい場合には、持戻しの免除の意思表示がなかったことを証明できるだけの確たる証拠をきちんと確保することが重要になります。一方で、配偶者に遺産を残そうとする本人としては、日本法が準拠法となるかも含めて、本制度の要件を満たしているか否かを慎重に確認する必要があります。

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