カリフォルニアで成立した「ギグ・エコノミー」規制法、日本企業への影響は

人事労務
穂高 弥生子弁護士 ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業) 桐山 大地弁護士 ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)

目次

  1. 世界のギグ・エコノミーの現状とカリフォルニア「ギグ法」
  2. 供給過多と競争激化は新たな貧困を生み出すか
  3. 「ギグ・ワーカー前提・ビジネスモデル」のリスク
  4. 日本の労働法は「オール・オア・ナッシング」
  5. 潜在的な紛争予防のために法務は何をすべきか

「ギグ・エコノミー」。インターネット経由で単発の仕事を依頼・受注する、この新たな仕事のあり方は、企業にとっては人手不足解消の特効薬として、働き手にとっては自由な働き方を実現するための手段として、世界各国で急速な広がりを見せている。
しかし、課題の存在も指摘されている。その1つがギグ・エコノミーによって生み出されるかもしれない「新たな貧困」の問題だ。
9月18日、米国カリフォルニア州で、ギグ・エコノミー規制法とも言える新法「AB5」(通称「ギグ法」)が成立。働き手の保護を目的として独立事業主の定義を厳格化するこの新法は、世界のギグ・エコノミー業界にどのような影響を与えるのか。さらに、日本企業はどのような点に注意すべきか。シェアードエコノミーの問題に詳しい穂高弥生子 弁護士、桐山大地 弁護士が解説する。

世界のギグ・エコノミーの現状とカリフォルニア「ギグ法」

米国、英国、日本など、世界のギグ・エコノミーはどのような状況にあるのでしょうか。

穂高弁護士
近年、デジタル経済の進展によりプラットフォームを利用した雇用によらない働き方が急速に広がっています。「ギグ・エコノミー」とも呼ばれるこの現象は、新たなビジネスモデルを創出するのと同時に、そのプラットフォームを介して働くギグ・ワーカーの法的保護のあり方について各国で議論を巻き起こしています。

米国では2000年代後半にUber(ウーバー)やLyft(リフト)、Airbnb(エアビーアンドビー)などに代表されるギグ・エコノミー関連企業が登場して以来、自営業者として扱われているギグ・ワーカーが労働者としての権利を主張する訴訟が頻発しました。それがギグ・ワーカーに対する法的保護を求める運動に発展した結果、先日カリフォルニア州において保護立法が成立するに至っています。英国でもギグ・ワーカーの労働者性を巡る訴訟が相次いており、保護立法に向けた議論も積極的に展開されています。

ニューヨーク証券取引所外で抗議活動を行うUberとLyft のドライバーたち(撮影日:2019年5月8日/Photo: Cory Seamer / Shutterstock.com)

ニューヨーク証券取引所外で抗議活動を行うUberとLyft のドライバーたち(撮影日:2019年5月8日/Photo: Cory Seamer / Shutterstock.com)

他方、日本においてはギグ・エコノミーの浸透が比較的緩やかであり、ギグ・ワーカーの労働者性を巡る目立った訴訟等は今のところ確認されていないものの、政府主導で対応に向けた積極的な議論が行われています。

米国カリフォルニア州の新法「AB5」では、「独立事業主」を定義する3つの条件があげられています。

桐山弁護士
AB5(通称「ギグ法」)は、2018年4月30日のカリフォルニア州最高裁判決において示された基準を明文化する形で、労働者と自営業者を分ける3つの条件(通称「ABCテスト」)を定めています。すなわち、(A)契約上においても実態においても業務の遂行に関して会社による指揮監督を受けないこと(B)会社の通常の事業の範囲外の業務を遂行すること、および(C)遂行する業務と同じ性質の独立かつ確立した取引、職業または事業に慣習的に従事していることの3つの条件をすべて満たさない限り、自営業者ではなく労働者に該当するものと規定されました。

元となった最高裁判例の趣旨に照らせば、(A)会社のコントロール下で業務を行っているか否か、(B)会社の事業に必要不可欠な業務を担っているか否か、(C)その業務と同種の別個独立したビジネスを自らも行っているか否かがそれぞれの判断のポイントになるでしょう。この基準によりギグ・ワーカーの多くは労働者として再整理されることになると考えらえる一方で、UberやLyftはこの基準においてもドライバーを自営業者と分類することは可能であるという見解を示しています。今後の議論の進展や裁判例の蓄積が期待されるところです。

供給過多と競争激化は新たな貧困を生み出すか

具体的に「ギグ・エコノミー」の何が問題となっているのでしょうか。

桐山弁護士
「ギグ(Gig)」という言葉は、ギグ・エコノミーの文脈では「単発の仕事や日雇い」という意味で使われています。単発の仕事をその都度発注する形を採ることにより、企業としては必要な人員の増減のみならず報酬額の増減に至るまで需要の変化に合わせて柔軟に調整することが可能となります。しかし、これは裏を返せば景気変動のリスクが発注量や報酬額の減少という形でそのまま個人に転嫁されることを意味します。

また、デジタル経済の発展により国境を越えた仕事の受発注が可能となった今、新興国の膨大な数の労働人口が受注者側に流入しつつあり、供給過多による競争のさらなる激化と低価格化が進んでいます。さらに、これらのギグ・ワーカーの多くは自営業者と扱われているため、継続的に収入が得られる保証はなく、社会保障費用も自己負担となります。労働組合を組織して会社と交渉を行う機会も認められていません。このような状況に照らせば、ギグ・エコノミーにより新たな貧困が生まれてしまう可能性は否定できません

ギグ・エコノミーは、企業側と働く側双方にとってどのようなメリットがありますか。

穂高弁護士
ギグ・エコノミーが発展してきた背景には、企業の内部に従業員として人員を抱え込むよりも、必要な時に必要なスキルを持つ外部の働き手にプラットフォームを通じてアウトソースする方が、企業・働き手の双方の時間や費用の効率化につながるという考え方が根底にあります。

とりわけ企業としては、景気変動に応じて柔軟かつ安価に仕事を依頼できる点が大きいでしょう。また、労働者として雇用する場合と異なり、最低賃金や残業代、社会保障の負担を免れる点や職務遂行に必要な道具等の費用も負担しなくてよい点もメリットと言えます。他方、働く側としても自分の得意分野や興味のある仕事のみを選んで受注することが可能になり、時間や場所の制約のない柔軟な働き方を実現できる点は大きな利点と言えるでしょう。また、定職に就いていない人や副業として働く人にとっては貴重な収入源であるという側面も無視できません。

「ギグ・ワーカー前提・ビジネスモデル」のリスク

カリフォルニアの新法「AB5」は、ギグ・エコノミー関連ビジネスにどのような影響を与えるでしょうか。

穂高弁護士
ギグ・エコノミー関連企業は、これまで自営業者と位置付けてきたギグ・ワーカーが労働者と判断される可能性があります。そうなれば、景気変動に応じた人件費の柔軟性を確保するのが難しくなり、最低賃金、傷病休暇、社会保険などの雇用費用を負担しなければならなくなるでしょう。安価で柔軟なギグ・ワーカーを利用できることを前提とするビジネスモデルについては、再検討する必要が出てくるかもしれません

カリフォルニアの「ギグ法」ではギグ・ワーカーの「労働者性」が厳格に示されたが、各国への影響は未知数だ(Photo: LCV / Shutterstock.com)

カリフォルニアの「ギグ法」ではギグ・ワーカーの「労働者性」が厳格に示されたが、各国への影響は未知数だ(Photo: LCV / Shutterstock.com)

また、このようなカリフォルニア州の動きは全米および他国でなされているギグ・エコノミーに関する議論に影響を与える可能性があるため、ギグ・エコノミー関連企業に与える潜在的なインパクトは小さくないと言えます。ただ、カリフォルニア州のようにギグ・ワーカーのほとんどを労働者として位置付けてしまう考え方が一般的かというと、必ずしもそうではありません。この考え方による場合、上述したようなギグ・エコノミーのメリットをすべて失ってしまう可能性があるためです。現に、連邦政府レベルの全米労働関係委員会や労働省は、Uberの運転手は労働者ではなく自営業者であるとする見解を示しています。したがって、カリフォルニア州のAB5のような施策が今後の世界的な潮流になるかというと、それは疑問であると言えます。

日本の労働法は「オール・オア・ナッシング」

現在の日本のギグ・エコノミーに関する議論は、どのような段階にありますか。

桐山弁護士
日本においては「働き方改革実行計画」(2017年3月28日 働き方改革実現会議決定)で雇用類似の働き方全般に関する実態把握と保護の必要性の検討が提唱されて以来、ギグ・ワーカーの働き方に関して積極的な議論が展開されてきました。こうした状況を踏まえて、2018年10月に「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」が設置され、さらなる議論を経たうえで、今年6月28日、これまでの議論を集約して今後の検討のあり方についてまとめた「中間整理」を発表しました。

中間整理においては、各種調査結果やヒアリングに基づいて保護すべき雇用類似の働き方をする者は約170万人と試算したほか、様々な統計結果により彼らの働き方の実態の把握を試みています。具体的な保護のあり方については議論の収束には至っていないとしつつも、まずは労働者性を厳格に運用することで労働者の保護を図り、労働者と認められない雇用類似の働き方をする者の保護のあり方については、契約条件の明示、契約の締結、変更、終了に関する事項等を優先的に検討する必要があるという基本方針を確認しています。今後さらなる議論を経て、具体策を詰めていく段階にあると言えるでしょう。

日本では、ギグ・ワーカーの保護に関連して、日本では公正取引委員会が「優越的地位の濫用」の視点から監視を強めていくと言われています。

桐山弁護士
日本の労働法は、働き手が「労働者」であれば保護を与え、「自営業者」の場合には保護を与えないという、いわばオール・オア・ナッシングの二元的な法制度を採用しています。そのため、ひとたび「労働者」でないと判断された場合には、労働法上の保護は得られません。

ただ、その場合であっても事業者である企業側が取引の相手方であるギグ・ワーカーとの関係で不公正な取引方法を用いた場合には、独占禁止法違反となる余地は残っています。特に、ある特定の企業からの仕事を継続的に受注できないとギグ・ワーカーの生計が成り立たなくなるため、仮にその企業が著しく不利益な条件設定等を行ってもそれを受け入れざるを得ないような場合には、企業がそのような優越的な地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に、ギグ・ワーカーにとり不利益となる行為をすることは、優先的地位の濫用として独占禁止法違反となります。今後このような規制を厳格に適用することはギグ・ワーカーの保護の観点からは望ましいと言えます。

優越的な地位を利用してギグ・ワーカーに不利益となる行為をした企業は独占禁止法違反を問われることになる(Photo: MAHATHIR MOHD YASIN / Shutterstock.com)

優越的な地位を利用してギグ・ワーカーに不利益となる行為をした企業は独占禁止法違反を問われることになる
(Photo: MAHATHIR MOHD YASIN / Shutterstock.com)

潜在的な紛争予防のために法務は何をすべきか

ギグ・ワークを請け負う個人事業主からは、「自由な働き方が奪われるのではないか」と、政府による規制を不安視する声も聞かれます。新たな産業の成長の推進と働く人の保護という2点を両立するために、何が求められますか。

穂高弁護士
まずはギグ・ワーカーの働き方の実態を正確に把握したうえで、今後のギグ・エコノミーの進む方向性を見極めることが肝要と言えます。たとえば、自営業者として扱われているギグ・ワーカー全員に対して労働者と同等の保護を与えた場合、働き方の柔軟性は著しく失われ、人件費の増大により企業は抱え込む人員を絞り込むことになるでしょう。そうすると、これまで定職に就けなかったものの何とか単発の仕事を受注することにより生計を立ててきたギグ・ワーカーは唯一のライフラインを奪われる可能性があります。また、自ら好んでギグ・ワーカーとなり、自分の得意分野や興味のある仕事に専念したり、場所や時間の制約のない自由な働き方を享受していた人々にとっても、そのような柔軟な働き方を奪われる結果となってしまいます。また、ギグ・エコノミー関連企業の中にはビジネスモデル自体の変更を余儀なくされることも想定され、新たな産業の発展を阻害してしまう可能性もあります。

ギグ・エコノミーの利点である自由で柔軟性な働き方を阻害しない範囲で、本当に必要な保護を適切な形で付与していく方法を、今後も慎重に検討する必要があると言えるでしょう。

ギグ・ワーカーの力を積極活用しようと考えている、またはすでに活用している企業は、どのようなリスクに留意すべきでしょうか。

桐山弁護士
第一に、自社の利用するギグ・ワーカーが日本の労働法における「労働者」に該当してしまうリスクが考えられます。労働者に該当すると判断された場合には、労働時間規制、年休の付与、社会保険・労働保険の負担等の様々な規制に服することになり、過去の未払分の清算を求められる可能性もあります。日本の裁判例はこれまで、仕事の依頼への許諾の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務時間・場所の拘束性の有無、他人による代替性の有無、報酬の性格が労務提供時間に比例するものか否か等の諸要素を総合的に考慮することで労働者に当たるか否かを判断してきています。ギグ・ワーカーを活用する場合には、これら諸要素に照らして労働者性を慎重に検討することが肝要と言えるでしょう。

次に、仮に労働者には当たらない場合でも、独占禁止法上の不公正な取引方法に当たらないよう留意する必要があります。また、今後さらにギグ・エコノミーが浸透することにより日本においてもギグ・ワーカーの保護をめぐる紛争等が起こる可能性も否定できませんので、契約形態や契約条件等についての説明や書面での明示等を積極的に行うことにより、あらかじめ潜在的な紛争を予防することが得策と言えるでしょう。

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