米国証券訴訟最新動向 米国預託証券(ADR)の訴訟リスク

第2回 ADRに関する日本企業の裁判例

国際取引・海外進出
クリストファー・スチュードベーカー弁護士 東京国際法律事務所 長野 さわか弁護士 カービー・マキナニー法律事務所

目次

  1. 東芝判決(Stoyas v. Toshiba Corp., 896 F.3d 933(9th Cir. 2018))
    1. 事案の概要
    2. 控訴審の判断
    3. 控訴審の判断以後の動向
  2. 日産の裁判
  3. 日産、ゴーン氏SECと和解
  4. おわりに - ポスト東芝判決の影響とADR発行外国企業の訴訟リスク対策

 前回の「ADRの概要と日本企業に関係するリスク」で、概要を示した米国預託証券(American Depositary Receipt:ADR)について、今回は日本企業が関係した、3つの裁判例を紹介する。本文中に示したモリソン判決の基準(連邦最高裁が判示した、取引所法の域外適用を示した10条(b)項が適用される取引)は下記のとおり。

モリソン判決の基準
第一基準:米国内の証券取引所に上場されている証券の取引、または
第二基準:その他の証券についての米国内で行われた取引

東芝判決(Stoyas v. Toshiba Corp., 896 F.3d 933(9th Cir. 2018))

 この東芝判決で、連邦第9巡回区控訴裁判所は、特定の場合に限り、原告は米国内で売買されたレベル1スポンサーなしADR(米国の金融機関が東芝の意思とは無関係に、その保有する東芝の株式を裏付けに、米国預託証券(ADR)を発行したもの)に関連した証券詐欺(ここでは東芝の不正会計事件)でADRの価値が下落したことを理由に、外国企業(東芝)を訴えることができると判決を下した。これは連邦控訴審レベルでは、初の判例と見られる。

事案の概要

 原告である2つのクラス団体は、クラス期間中にADRもしくは東京証券取引所で上場されている普通株を購入した米国人および米国居住者である。前述したように、東芝の不正会計事件でADRの価値が下落したことを理由に東芝を訴えた。第1審では、連邦地裁は下記のとおり判示し、東芝勝訴の判決を言い渡している。

  1. 「この場合の店頭取引が米国内の証券取引とはみなされない」ためモリソン判決の第一基準は充足されない
  2. 「東芝の株式は米国株式市場に上場されておらず、また米国預託株式(外国企業・外国政府あるいは米国企業の外国法人子会社などが発行する有価証券に対する所有権で「ADS」という)の取引にも関与したとみなされない」ため、モリソン判決の第二基準も満たされない

 連邦地裁は、米国取引法に基づく訴えを退け、また日本の金融商品取引法に基づく訴えも棄却した。連邦地裁は、同訴訟が日本の証券市場に上場されている日本企業を日本法に基づいて訴えていることから、礼譲およびフォーラム・ノン・コンビニエンスの観点からも棄却が適当と判断した(不正会計およびその他の証券訴訟は日本でも提起されていた)。原告は上訴した。

控訴審の判断

 第9巡回区控訴審は第1審判決を破棄し、原審に差戻した。控訴審は、ADRは普通株とその性質が類似していることからADRは証券であると判断したものの、ADRが売買されている店頭販売市場は、証券所法の「取引」とはみなされず、モリソン判決の第一基準は満たされないと判示した。

 モリソン判決の第二基準については、「回復不能な義務」テストが採用され、下記いずれかの点によって「国内取引」か否かが判定された。

  1. 買い手が株式を購入、もしくは売り手が株式を調達した際、回復不能な義務が米国内で生じたか
  2. 契約成立、買い注文、金銭のやりとり、そして所有権の譲渡が米国内で発生したか

 第9巡回区控訴審は、ADRは米国内で購入されたこと、預託銀行の1つであるバンク・オブ・ニューヨークが米国内でADRを販売したことは、原告がすでに主張したと言及した。

 ただし、原告の訴状にはADRの購入に関わる事実の詳細、およびADRと東芝の関連性が記載されておらず、東芝の不正行為とADR売買との関連性について特に主張立証するよう説示している。

 控訴審は原告に訴状を補正するよう求め、(1)原告がカリフォルニア州に本社を置く米国企業であること、(2)ADRは米国内の店頭取引市場で購入されたこと、および(3)東芝のADR預託銀行である4機関がニューヨークで営業していることから、補正訴状が「国内取引」を立証しうると判示した。

控訴審の判断以後の動向

 注目に値するのは第9巡回区控訴審が、第2巡回区控訴審のParkcentral Global Hub Ltd. v. Porsche Automobile Holdings SE, 763 F.3d 198(2d Cir. 2014)判決に基づく東芝の訴えを退けたことである。

 東芝は、原告の訴えには東芝とADR取引のつながりが証明できていないことから、モリソン判決での証券所法が適用されないと訴えたが、第9巡回区控訴審は東芝の訴えを退けた。モリソン判決を適用すると、東芝の関与のいかんに関わらず、取引が米国内で行われたことにより証券所法が適用されると判示されている。控訴審はまた、特定の場合「外国性が強い」ことによって、取引所法10条(b)項の適用は「許容範囲を超えた域外」適用であるとする第2巡回区控訴審判決にも従わなかった。

 2018年10月17日、東芝は米国連邦最高裁判所に裁量上訴を提出し、第2巡回区控訴裁判所および第9巡回区控訴審の判例は相容れない、と主張した。控訴審で優位に立った東芝が最高裁の意見を伺うというのは、最高裁判所の訴訟手続の慣例に反する異例のことである。東芝の立場を支持して、日本の経済産業省などの政府機関や経団連らも法廷助言書を提出し、連邦最高裁の判断を仰いだ。

 2019年6月24日、連邦最高裁は東芝の裁量上訴の申立てを却下し、第9巡回区控訴審に差し戻した。当面の間、少なくとも第9巡回区控訴審では、スポンサーなしADRが米国内で流通した外国企業は、米国内でのADR発行にどれだけ関与したかによって、証券訴訟のリスクに晒される結果になりかねず、日系企業にとって重要な影響があると思われる。

 その後、第9巡回区控訴審の判決に従い、原告は第二補正訴状を提出した。2019年 9月9日、東芝は訴え却下の申立てを行い、その根拠として以下の点について主張した。

  1. スポンサーなしADRを購入したことが、国内取引とみなされる点について、原告の主張は不十分である
  2. 東芝の不実表明と原告のADR取引との「関連性」についての主張が不十分である
  3. 東芝の不実表明が日本国内で行われたことから、米国よりも日本の方が紛争解決に利害関係を持っている

 原告は 2019年10月31日に訴え却下への異議申立て、東芝は 2019年12月2日に応答書の提出期限が迫っている。
 今後、東芝訴訟が棄却されない限り、原告はクラス認定の申立てをすることになり、クラスメンバーの共通の問題点が個別の問題点より優勢であることを主張立証しなければならない。原告はそこで難題に直面することになる。特に想定されるクラスメンバーが国内取引を行ったかどうかについては、議論の余地はあるにせよ個別の問題となってくる。

 実際、想定クラスメンバー間で誰が関連のある証券を売却したか、取引がどのように行われたか、そして国内取引を証明できるような文書がどういった形式で提供されるのか、差異が生じる可能性がある。In re Petrobras Securities, 862 F.3d 250(2d Cir. 2017)判決では、第2巡回区控訴審で、クラスメンバーの一部が流通市場で債権を購入したことにより、クラスアクションの認定が取り下げられた。結果、この裁判は第一審に差し戻された 1

 たとえクラスアクションが認定されなくても、機関投資家らが個別に訴訟を提起した場合(時効になっていない限り)、東芝は法的責任を問われる可能性がある。特にモリソン判決の国内取引要件を問題なく充足することができるような機関投資家には、個別訴訟はうってつけと思われる。

比較:東芝判決とモリソン判決

モリソン判決 東芝第一審 東芝控訴審
原告 外国(豪州)居住者 米国人および米国居住者 第一審と同じ
原告が保有する証券 外国(豪州)で発行された株式 レベル1スポンサーなしADR
東京証券取引所で上場されている普通株
第一審と同じ
取引の場所・形態 外国(豪州)の証券取引所 米国内の店頭取引
東京証券取引所
第一審と同じ
判決 「取引テスト」を採用。
1)「米国内の証券取引所に上場されている証券の取引」、または2)「その他の証券についての米国内で行われた取引」米国の証券訴訟の対象となる米国内取引とはいえない。
1)店頭取引が米国内の証券取引とはみなされない。
2)東芝の株式は米国株式市場に上場されておらず、また米国預託株式(外国企業・外国政府あるいは米国企業の外国法人子会社などが発行する有価証券に対する所有権で「ADS」という)の取引にも関与したとみなされない。
東芝勝訴。
1)ADRは普通株とその性質が類似していることからADRは証券であると判断したものの、ADRが売買されている店頭販売市場は、証券所法の「取引」とはみなされない。
2)「回復不能な義務」テストを採用。(1)買い手が株式を購入、もしくは売り手が株式を調達した際、回復不能な義務が米国内で生じた、もしくは(2)契約成立、買い注文、金銭のやりとり、そして所有権の譲渡が米国内で発生したか、によって「国内取引」か否かが判定。
控訴審は第一審判決を破棄、原審に差戻し。

注)2018年10月17日、東芝は米国連邦最高裁判所に裁量上訴を提出。2019年6月24日、連邦最高裁は東芝の裁量上訴の申立てを却下し、第9巡回区控訴審に差し戻した。

日産の裁判

 「レベル1(店頭取引のみ)スポンサー付きADR」を巡る米国証券訴訟の直近の例としては、日産自動車(日産)を相手取ったクラスアクションがあげられる。2018年12月10日、日産、前会長カルロス・ゴーン氏および他の日産役員を相手取って米国証券法および日本の金融商品取引法(FIEA)違反で証券訴訟が提起された。クラスメンバーは、日産がスポンサーしたレベル1ADRの投資家および東京証券取引所で取引されている普通株に投資した米国在住者。同訴訟ではゴーン氏の報酬についての不実表明および不作為が争点となった。

 2019年8月5日、日産、ゴーン被告らは訴え却下の申し立てを提出。東芝判決と同様、同被告らは国際礼譲および裁判管轄外であることについて主張した。特に、普通株についての損害賠償については、被告が日系自動車メーカーであること、不正表明が日本国内で行われた結果、日本の証券取引所で購入された株式に損害が生じたこと、日本国内の不正行為が不正表明および誤解を招く表現になってしまった事から、日本の裁判所が適切な裁判管轄であると主張した。

 また、被告の役員については、対人管轄権が欠けていると主張した。たとえば、訴因となった行為と米国裁判所とは、全く繋がりがない。すなわち、日本での行政機関および株主総会への報告義務を回避するため、日本の会計基準に違反し、その不実表明に起因して詐欺行為が行われたわけである。

 訴え却下への原告の異議申立ては、10月4日に提出された。とりわけ、下記の点について被告は異議を唱えていない、と原告は主張した。

(1)ゴーン氏の役員報酬について虚偽の報告をした結果、クラス期間中、日産が不正な財務報告書を提出、もしくは、役員報酬の仕組みについて不実表明していたこと
(2)訴状が取引所法とFIEAをもとに日産を訴えていること
(3)訴状が取引所法をもとにゴ-ン氏を訴えていること
(4)被告が取引の信用または損害の関連性について異議を唱えていないこと
(5)取引所法をもとに日産を訴えている件につき、同連邦裁判所が裁判管轄を有すること

 さらにゴーン氏は、対人管轄権の欠如を訴え、法律の目を潜り抜けようとしているが、直近のSECとの和解(次項参照)および長年にわたる米国とのつながりをかんがみて、考慮するにあたらないと原告は主張した。

 現時点で訴訟の争点となっているのは、下記の2点であると原告は主張している。
(1)被告役員の誰が日産の犯罪的違反行為を行ったのか
(2)東京証券取引所で日産の普通株を購入した米国投資家にも、FIEAをもとに米国で提起した訴訟で損害賠償請求権が与えられるのか

 モリソン判決を適用すると、日産の普通株を購入した米国投資家は、米国連邦裁判所で証券訴訟を提起することができない。従って、原告はFIEAを適用して損害賠償を求めているのである。原告の主張は優位に立っていると見られ、被告への賠償請求でも、かなり原告の主張が通る見込みである。現時点では、原告の主張の方が優位に立っていると見られ、被告への賠償請求でも、かなり原告の主張が通る見込みである。
 連邦裁判所は2020年の上旬から中旬に判決を下すと見られる。

日産、ゴーン氏SECと和解

 別件で、米証券取引委員会(SEC)は、米国証券取引所法上の証券詐欺で日産、ゴーン前会長およびグレッグ・ケリー元取締役を起訴していたが、2019年9月23日、課徴金を支払うことで和解した。SECは、日産がゴーン被告の退職時に支払う予定だった1億4000万ドル余の報酬を隠蔽した不正な財務報告書を提出したとして、同社に課徴金1500万ドルを科した。日産も課徴金の支払いに応じ、詐欺行為の即時停止、および証券詐欺規制の違反行為を再開しない旨、合意した。ゴーン前会長は取引所法上の証券詐欺で、ケリー元取締役はゴーン前会長および日産の違反行為をほう助した疑いで起訴されていた。

 ゴーン前会長は課徴金100万ドルの支払いでSECと和解し、上場企業の役員または取締役への就任を10年間禁じられた。ケリー元取締役には制裁金10万ドルの支払い、上場企業の役員または取締役に5年間就任できない処分を科された。日産、ゴーン前会長、ケリー元取締役は、SECの申立てについて肯定も否定もせずに和解した。東京地方検察庁は,この件でSECの捜査に協力している。

 SECの件については、モリソン判決の適用ではなく、ドッド・フランク法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)において、米国内で「行為および結果」 が認められる限り、SECに取引所法の証券詐欺規制の域外適用の権限が与えられている。

 したがって、ADRを発行している外国企業は、米国内での私的訴訟およびクラスアクションの他、SECから不実表示等の違反行為で訴訟を提起される可能性も視野に入れる必要がある。

おわりに - ポスト東芝判決の影響とADR発行外国企業の訴訟リスク対策

 東芝証券訴訟の今後の帰趨の予測は困難であるが、日系企業としては、スポンサーなしADRであっても、米国の証券訴訟において訴えられるリスクがあることを意識しなくてはならない。多くの企業にとって、スポンサー付きであれ、スポンサーなしであれ、自社のレベル1ADRのために証券訴訟において訴えられ、会社および役員が米国証券法の適用を受けることは思いも寄らぬことである。したがって、日系企業の役員は、最近の米国内での活動が米国での訴訟リスクを高めることになるかについて事実確認をし、会社役員賠償責任保険が適切な金額でカバーされているかを含め、予防措置を取るべきである。

 そして、以下のような訴訟リスク軽減策をとることができる。まず、スポンサーなしADRから距離を置くことにより、モリソン判決の第二基準は充足しない可能性が高いので、日系企業は、スポンサーなしADRプログラムの設立、維持そして宣伝に関わった、と受け取られるような行動は慎むべきである。たとえば、第三者から米国内でスポンサーなしADRを設立する要請があった時に、特段異議を唱えなかったり、同意して署名をしてしまった場合、公募文書(それがどこで発行されようと)に不実表示や記載漏れがあった疑いで法的責任を負わされかねない。訴訟リスクを軽減するためには、それに同意すべきではない。もしすでに同意してしまった場合は、それを撤回すべきである。

 また、日系企業は自社の英語版ウェブサイト上、および、公共の文書上で、米国内でのスポンサーなしADRに関与していない、あるいは責任がない旨(それが真実であるという前提で)免責条項を掲載し、第三者が自社の同意、もしくは認可なく、販売している旨伝えるべきである。

 最後に、日系企業はフォーラム・ノン・コンビニエンスや、対人管轄権、事物管轄権の不存在に基づいて、米国との接点が最低限度、もしくは存在しないと主張することもできるであろう。


  1. 結局のところ、この事件は30億ドル近い和解金(外国企業被告により支払われた和解金としては米国史上最高)で解決してしまったので、これらの問題点も解決に至らなかった。 ↩︎

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