あなたの過去は、一生消されない? 「忘れられる権利」の最新動向を追う

IT・情報セキュリティ
日置 巴美弁護士 三浦法律事務所

目次

  1. 忘れられる権利と高裁決定の意義
  2. グーグルの主張は認められたのか?
  3. 事業者への影響は?
  4. 忘れられる権利は必要なのか?

(写真:Twin Design / Shutterstock.com)

 7月12日、東京高裁は「忘れられる権利」は法的に定められたものではないという決定を下した。

 過去に逮捕暦のある男性が、インターネット検索サイト「グーグル」の検索結果から、自分の逮捕歴に関する情報の削除を求めた仮処分申し立ての保全抗告審で、さいたま地裁の決定を取り消し、男性の申し立てを却下したものになる。
 さいたま地裁の決定は検索結果の削除を命じており、日本の裁判所ではじめて「忘れられる権利」に明示的に言及したものとして大きく話題となったが、今回の決定によって否定された。
 この決定にはどのような意義があり、事業者にはどのような影響があるのだろうか。

 個人情報保護の実務に詳しい内田・鮫島法律事務所の日置巴美弁護士に聞いた。

忘れられる権利と高裁決定の意義

「忘れられる権利」とは、そもそもどのような権利と言えるのでしょうか。

 忘れられる権利とは、パーソナルデータが収集された目的にとって不要となった際に、そのデータを完全に消去してもらう権利です。対象となる情報(内容、媒体等)や権利を有する主体(こどもに限定する等)等、裁判や法令等、その文脈ごとに様々なことが言われてきた多義的なものでした。EUデータ保護規則(2018年施行)では、削除権(忘れられる権利)として、その要件・効果を定めています。

今回決定の意義について教えてください。

 今回の決定は、前科・前歴に関する情報についての個別事案への判断ではありますが、インターネット検索で表示される検索結果の削除について、(1)権利としての要件・効果が不明確であり、また、プライバシー侵害等から独立して判断する必要がないとしつつ、具体的な権利として「忘れられる権利」が認められなかったこと、(2)インターネット検索エンジンの役割に言及しつつ、削除を求める者の受ける権利利益と、インターネットの活用によって支えられる表現の自由と知る権利について比較衡量していることから、削除の可否を判断する要素が示されていることが挙げられます。

 また、今回の決定では、法的に認められる削除対象に検索結果が含まれることと、削除義務が生じるか否かは不法行為の枠組みで判断することが示されています。
 このように、同種事案の判断や、インターネットの検索エンジン運用者が独自に行っている情報を削除することに対して、一つの基準を示したところに意義があります。

グーグルの主張は認められたのか?

Googleロゴ

(写真:Denis Linine / Shutterstock.com)

今回の決定は、グーグルの主張が認められたと判断してもよいのでしょうか。

 本件に関する地裁決定や同種事案でのグーグルの主張を踏まえると、ポイントは、自らは表現者ではなく、検索結果は自動的かつ機械的に生成されるものであって、表現者が発信する情報を媒介しているに過ぎないというところにあります。このため、原則として表現者の発信する情報を削除すべきであるとか、検索結果を削除するにあたっては表現主体に手続保護が与えられるべきであるなどと主張したものと考えられます。

 しかしながら、今回の決定では、検索結果を削除することによって得られる本人の利益と、削除しないことによって保全される表現の自由・知る権利とを比較衡量した上で判断が下されています。この考え方は、グーグルは、単なる情報を媒介する者ではないという前提に立ってなされています。

 そして、裁判所は違法な情報を発信した者とは別に、検索エンジン運用者が情報削除の責任を問われる可能性があることを認め、また、検索結果という機械的な処理結果であっても削除対象となる可能性があるとしました。

 結論として、本決定では検索結果の削除は認められなかったものの、事案によってはグーグルに削除義務を認める場合もあることが示唆されており、グーグルの主張は、必ずしも受け容れられたとはいえないでしょう。

事業者への影響は?

今後、検索エンジン運用者にどのような影響があると考えますか。

 今回の決定は検索結果が削除の対象となることを肯定しているようですが、同種事案について下級審の判断はまちまちで、今後の事例の蓄積を待つ必要があります。ただ、今回の決定で示された論理に従えば、違法な表現を行った情報発信者のみではなく、その表現へのアクセスが容易となるサービスを提供する検索エンジン運用者に責任が生じる余地があります。

 各事業者は、国際的なトレンドや、ユーザーとの関係を意識して、独自に情報を削除するという運用をしています。各国の法令に従うことを運用ポリシーで明らかにしていますので、本件のような司法判断が積み重なれば、それに即した運用を行おうとするものと考えられます。

 しかし、削除基準について法律等で明確にされたものではないこと、情報発信者、情報発信媒体管理者、アクセスする者らの権利・利益をも考慮しなければなりません。どのような情報を削除すべきかについては、ケース・バイ・ケースでの細やかな判断が求められます。判断を誤れば、削除を申し出た者、情報発信者等のいずれか、場合によっては双方から責任を問われかねません。検索エンジン運用者は、両者の板挟みになりかねず、削除運用は極めて困難かつリスクの高いものと言えます。

忘れられる権利は必要なのか?

忘れられる権利の必要性について、どのように考えますか。

 インターネットを利用することで、誰もが情報へのアクセス、保存、拡散が安価で容易なものとなったことを実感しているところでしょう。反面、自分の情報がひとたびインターネットに流れてしまうと、それをコントロールすることは難しくなっています。

 削除したい情報は、公開当初から違法である情報に限らず、時間の経過とともに情報を公開する必要性が薄れたもの、自ら公開した情報であっても心情や周囲の変化によって削除を欲するもの等、人それぞれではないでしょうか。

 今回の決定は、プライバシー等につき受忍限度を超える侵害があれば検索エンジンの検索結果について削除が認められるとするものです。しかし、先に挙げたインターネット利用の特性から、違法性が認められて初めて対応し得るのではなく、その情報によって不当な取扱いを受けたり、損害が生じたりするのに先立って行使できるような、「忘れられる権利」が必要ではないか、と感じています。

では、具体的にどのような検討が必要と考えますか。

 忘れられる権利と聞いて、皆それぞれに違うものをイメージするのではないでしょうか。裁判所の救済を受けられる法的権利として忘れられる権利を認めるのであれば、少なくとも(1)削除対象が違法な情報に限られるべきか、(2)情報にアクセスするための検索結果まで含めるべきか、(3)削除を求められるのはインターネット上の情報に限定するべきかといった点を検討しなければなりません。

 これらの論点を検討するにあたっては、表現の自由や知る権利との衝突は避けられません。場合によっては、新たな立法によってその範囲を画定するということも考えられます。このとき、インターネットがその重要なツールとなっていることも踏まえて考えなければならないでしょう。

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