グローバル企業のための人権侵害リスク対策 最新動向

第1回 グローバルビジネスにおける人権問題と事業へのインパクト

国際取引・海外進出
吉田 武史弁護士 ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)

目次

  1. 法務部門が知っておくべきグローバルビジネスにおける人権問題とコンプライアンス
    1. ラナ・プラザ事件
    2. 日本企業における指摘例
    3. 人権コンプライアンス
  2. 人権侵害問題により企業が晒されるリスク

 海外サプライチェーンで発生した人権侵害問題に関して、日本企業が人権NGOの調査対象となり、改善要請を受ける例が確認されています。グローバルビジネスにおける人権問題と企業の実務対応を吉田武史 弁護士が解説します。

法務部門が知っておくべきグローバルビジネスにおける人権問題とコンプライアンス

 児童労働、移民労働者からのパスポートの取り上げ、借金による労働者の束縛、いずれもグローバルビジネスを展開する日本企業とはまったく無縁な世界の出来事と思われるかもしれません。

 しかし近年、こうした問題が、日本企業にとって重要な課題となり得ることにつき、十分な注意が必要です。海外サプライチェーンにおける一次請、二次請といった現地外注先下請企業において特に問題となることが多くなっています。

 現地外注先下請での人権侵害問題について社会的注目を大きく集めた事件としては、ラナ・プラザ事件をあげることができます。

ラナ・プラザ事件

 ラナ・プラザ事件とは、2013年4月24日、バングラデッシュ、ダッカ近郊に存在するラナ・プラザ商業ビルが崩壊し、1,134名の死者および2,500名以上の負傷者が発生した事件です 1

 ラナ・プラザ商業ビル内には、多数の国際的に著名なアパレルメーカーの商品を扱う現地下請縫製工場が存在しました。犠牲者の多くが同工場で縫製作業に従事する若年女性労働者であったことや、同ビルの崩壊原因として大型発電機と数千台のミシンの振動、違法建築の存在などがあったことにより、サプライチェーンにおける人権侵害を象徴する、史上最悪の労働災害として世界的な注目を浴びることとなりました。

バングラデッシュで起きたラナ・プラザ事件

2013年4月24日にバングラデッシュで起きたラナ・プラザ事件。劣悪な環境で働いていた多くの労働者がビル崩壊の犠牲となった
(Photo: Sk Hasan Ali / Shutterstock.com)

 また、バングラデッシュでは、ラナ・プラザ商業ビル崩壊以前にも、縫製工場における出火により死傷者が出る事件が発生していました。こうした労災の背景として、アパレルメーカーによるコスト削減圧力が起因となって、現地下請工場の安全設備の不備があったのではないかとの疑問が呈され、工場所有者のみならず、アパレルメーカーに対する批判も生じる状況となりました。

 こうした状況を受けて、ラナ・プラザ事件発生からわずか数か月後、アパレルメーカー間において、バングラデッシュにおける下請縫製工場の安全体制を改善するため、2つの大きな動きが展開されます。1つは、ヨーロッパ系のアパレルメーカー220社以上が署名する、Accord on Fire and Building Safety in Bangladesh(以下、「Accord」)の成立であり 2、もう1つは、米国系のアパレルメーカー29社が参加する、Alliance for Bangladesh Worker Safety(以下、「Alliance」)の成立です 3

 両者ともに、参加企業が、バングラデッシュにおける生産高等に応じた一定の金銭を出資して、現地工場の安全検査を確保し、工場における労働者の安全を確保するための取組みである点で、共通しています。さらに、要求されている安全措置を拒絶した現地のサプライヤーは、AccordやAllianceに参加するアパレルメーカーとの取引が停止されるという制裁を受けることになります。

 こうした取組みは、バングラデッシュの衣料産業における工場労働者の安全向上に大きく寄与したと評価されている一方 4 、当初2013年から5年間でその役割を終えるはずであったAccordについても、2021年5月末までその取組みを延長させる2018 Accordの締結がなされているなど 5、いまだ工場における安全面での課題は残されています 6

日本企業における指摘例

 日本企業においても、近年、実際に人権問題の指摘を受けるケースが増加しています。アパレル産業においても、日本企業の外注先工場における労働環境が、人権NGOによる調査の対象となり、また、改善要請を受けた例が複数存在しています。

 さらに、日本企業に対する人権NGOからの人権問題の指摘例は、アパレル産業にも、BtoCビジネスに関わる事業にも、さらにはサプライチェーンにおける問題にも限定されていません。産業の種類を問わず、消費者向け製品を有しているか否かにかかわらず、サプライチェーンに留まらず、製品を納入している顧客先での児童労働、強制労働といった人権侵害についてまで、人権NGOから指摘を受ける場合も生じています。

 また、具体的な問題が発生してない場合であっても、人権NGOから、製品原材料(鉱物、宝石原石等)の調達先において人権侵害が発生していないことを確認する取組みの内容・有無について、質問調査を受ける場合もあります。

人権コンプライアンス

 企業による人権侵害を防止するための国際ルールとして、取り上げられることが一番多いのは、2011年3月21日に国際連合人権理事会にて採択された「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合『保護、尊重および救済』枠組実施のために」 (以下、「国連指導原則」)です。

 同原則は、企業による人権尊重、救済を訴えており 7、具体的には、企業の責任として、次のような取組みを推奨しています。

  1. 企業ポリシーによる人権尊重の取組み
  2. 人権への影響を特定し、防止し、軽減し、かつ対処することにつき説明する人権デューディリジェンスの実施
  3. 企業が起こしたまたは寄与した人権への悪影響に対する救済措置を図ること

 また、国連指導原則に沿う形で、サプライチェーンにおける人権侵害防止の取組みついて開示を義務付ける法制も、各国で相次いでいます。

  • 米国カリフォルニア州サプライチェーン透明法(California, Transparency in Supply Chain Act 2012年1月より発効)
  • EU非財務情報開示指令(DIRECTIVE2014/95/EU 2014年10月採択)
  • 英国現代奴隷法(UK Modern Slavery Act 2015年3月制定)
  • オーストラリア現代奴隷法(Australia Modern Slavery Act 2019年1月施行)

 2017年3月より発効しているフランス人権デューディリジェンス法(Law No. 2017−399)のように、現代奴隷等防止の取組みの開示を超え、人権デューディリジェンスの実施について直接義務付ける法制も現れています。

 さらに、米国金融規制改革法通称、ドッド・フランク法[Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act])1502条や、2017年5月に採択されたEU紛争鉱物規制(EU2017/821)は、紛争地域で産出される鉱物の使用について調査・開示を義務付けることによって、間接的に武装勢力の資金源を断ち、ひいては紛争地域における人権侵害行為の防止を図っています。

 その他、人権侵害を抑止するための法制は、輸出入規制にも及び、たとえば米国では、2016年2月24日制定の「貿易円滑化および権利行使に関する法律(Trade Facilitation and Trade Enforcement Act of 2015)」により、強制労働による製品の米国への輸入禁止について、事実上、執行が強化されています。調達規制の側面においても、たとえば、米国連邦調達規制(Federal Acquisition Regulation)は、2015年1月の改正において、請負(受託)業者または下請(再受託)業者に対し、次の行為を禁止しています。

  • 人身取引
  • 商業的な性行為
  • 強制労働
  • 身分証や出入国書類の隠蔽
  • 詐欺的な勧誘
  • 労働者の帰国制限
  • 現地安全基準に達しない住宅の提供
  • 必要な労務関係書類の不提供 など

 ハードローのみならず、ソフトローの分野においても、人権侵害防止に関連する調達規制が現れています。2016年1月、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(「組織委員会」)は、経済合理性のみならず持続可能性にも配慮した調達を行うことを目的として、「持続可能性に配慮した調達コード」を策定しています。対象範囲は、組織委員会が調達するすべての物品・サービスおよびライセンス製品であり、サプライヤーやライセンシーは、人権や労働の側面から以下の事項の遵守が求められます。

  • 国際的人権基準の遵守
  • 国際的労働基準の遵守
  • 強制労働の禁止
  • 児童労働の禁止
  • 最低賃金の確保
  • 長時間労働の禁止
  • 外国人・移住労働者に対する不当な労働管理の禁止 など

人権侵害問題により企業が晒されるリスク

 では、人権侵害問題によって企業が「晒されるリスク」とは具体的にどのようなものでしょうか。

 企業にとって、人権侵害問題により晒される主要なリスクは、企業のレピュテーションやブランドイメージの喪失です。ラナ・プラザ事件は、その代表例であったといっても過言ではありません。

 また、一旦、人権NGOやマスコミによって、外注先工場等における人権侵害状況の指摘を受ければ、企業としては、これに対する早急の改善措置を求められ、これに相当の時間・費用を割くこととなります。そして、対応が不十分または遅い場合には、消費者の不買運動に火をつけ、または、一般投資家における反感を生み、企業の収益や株価に直接重大なダメージが生じ得ます。

 機関投資家の中で広がりつつあるESG投資において、人権問題は、企業価値を測定する社会的要素として考慮されるため、人権侵害問題は、機関投資家からの支援喪失につながるリスクもはらんでいます。

 さらに、上記で述べた人権侵害防止の取組みに関する開示規制に従って開示を行わなければ、各国裁判所の執行命令を受け、一方で、虚偽の開示を行えば、市場の信頼を喪失するリスク、ひいては民事賠償責任のリスクを負うことにすらなりかねません。その他、各国の輸出入規制や調達規制における法令違反リスクも看過できません。

 次回以降は、こうした人権侵害リスクに対する、企業としてのリスクマネジメント手法について解説します。


  1. 事件の詳細な内容については、https://www.ilo.org/global/topics/geip/WCMS_614394/lang--en/index.htmなど、インターネット上で複数公表されている。 ↩︎

  2. https://bangladeshaccord.org/about ↩︎

  3. http://www.bangladeshworkersafety.org/who-we-are/about-the-alliance ↩︎

  4. Accord やAllianceの取組みの成果の詳細は、NYU STERN Center for Business and Human Rights が2018年4月に公表している"Five Years After Rana Plaza: The Way Forward"にて紹介されている。 ↩︎

  5. 2018 Transition Accord. 概要については、次のリンク先の情報を参照。
    https://admin.bangladeshaccord.org/wp-content/uploads/2018/08/How-the-Accord-works.pdf ↩︎

  6. 一方、Allianceは、2018年12月31日でその効力が失効しており、その取り組みの継続担保については現地政府による監督に委ねる形になっている。 ↩︎

  7. 国連指導原則全文の日本語訳文は、以下のリンクから入手できる。
    http://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/ ↩︎

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