吉本興業の事案にみる危機対応、それでも要らない記者会見

危機管理・内部統制

目次

  1. そもそもこの不祥事、どう対応すればよかった?
  2. 記者会見をやるという選択はないのか?
  3. 記者会見が効果を発揮する局面
  4. 反射会見の恐ろしさを知る
  5. 危機管理の本質、ピンチはチャンス!?

吉本興業の闇営業をめぐる一連の問題を通じて記者会見が大きな話題となっています。

筆者は日本大学のアメリカンフットボール部の事件発生時に「そもそも記者会見をやるべきか?」という問題提起をしました(詳しくは『日大アメフト事件の本質、不祥事対応に記者会見は必要か』参照)。しかし、その後も不祥事において記者会見、という流れは変わりませんし、今回もまた、世間では「なぜ宮迫と田村 亮に記者会見をさせなかったのか」「岡本社長の記者会見は言い訳に終始しているのでは」と記者会見が話題の中心となっています。

「記者会見をもっと早くやらせていればよかった」というように、今後の記者会見圧力を高める事案にもなっているようです。

しかし、私は、今まで多くの危機対応に直面してきた立場から、そもそもこの吉本興業の事案、危機対応としては、本来記者会見は不要な事案だったと思っています。岡本社長の記者会見は、結果、組織の瓦解にまで繋がりかねない影響を生じさせ、残念では済まされない失敗事例となってしまいましたが、そもそも必要ないものだったというのが私の見解です。

そもそもこの不祥事、どう対応すればよかった?

時間をさかのぼって考えてみましょう。そもそも闇営業問題が最初にフライデーで報道された段階で、まず行わなければならなかったのは正しい事実の確認、事実把握です。本件でも、最初に事実関係をしっかり把握し、タレントが対外的に嘘をつく機会を奪っておけば、または、タレントが初動では嘘をついていても早期に事実把握ができていれば、会社として正しい事実を開示し、必要があれば処分を行い、謹慎等のリリースを出すだけで済む話であったと考えます(逆に正しい事実に基づいて処分を行わないということであれば、その理由を開示しリリースするべき事案です)。

しかも、本件の金銭の授受は、状況をみれば早期に確認できた事案でしょう。早期にこれを把握できたにもかかわらず、これができなかった吉本興業の危機対応はプロダクションとして問題ある対応だったといえそうです。岡本社長の宮迫 博之・田村 亮両名の記者会見への圧力や、岡本社長自身の記者会見での対応が大きく取り上げられていますが、本来は最初の対応が一番の問題だったと考えます。

つまり、今回の危機対応の本質は、記者会見をやるかやらないかではなく、早期に事実を認めるか認めないかにあったわけです。この点の結論は明らかで、早期に認める以外に正解はありません。迷うべき話ではないのです。

記者会見をやるかどうかは、早期に金銭授受を認める発表を行う前提で、それを記者会見でやるべきか、リリースで済ますべきか、どちらがケースとして合っているかという二次的な問題なのです。

ちなみに、本件では、相手が反社会勢力とは認識し得なかったのかどうかという点についての事実確認、把握もきわめて重要な問題です。吉本興業として今回のタレントを擁護する立場なのかどうか、吉本興業自身にも対策を講じる必要がないか、早期に事実把握して対応を決めなければなりません。いずれにしても、早期に正しく事実を把握し公表することが本質であることは同様です。

記者会見をやるという選択はないのか?

では、今回は記者会見をやるべき事案だったのでしょうか。
日大アメフト事件の本質、不祥事対応に記者会見は必要か』でもお伝えしたとおり、記者会見自体は非常に難易度が高く、事態を大きくしてしまうリスクの高いコミュニケーションツールです。今回も不祥事である以上、原則は不要といえます。

しかし日大アメフト事件の記事では、例外について、

「そもそも露出を前提とし日頃から対応に慣れている方、また露出を売っているタレントの不祥事で今後も露出イメージを含めて対応していかざるを得ないケース、などは記者会見を行うという選択肢も考えられます。」

とお話ししました。
今回はこのケースにあたるとも言えますので、記者会見が選択肢に入らないわけではありません。

しかし今回、仮にタレントが吉本興業に会見を止められた云々の事情がなかったとしたら、記者会見は、タレントが「ギャラをもらっていないと嘘をついていました。ごめんなさい。」という内容がほぼすべてとなりえます。

想像の域を超えることはありませんが、これがどの程度良い効果を生んだかは冷静に検討しなければなりません。自己保身からくる嘘つきのレッテルを固定化する映像、悲痛な表情などは明確な映像イメージとして残ります。己がまいた種とはいえ「笑い」を本分とするお笑いタレントの今後の人生に大きな影を落とすことは間違いないでしょう。

昨今のメディアの記者会見、特に嘘や中途半端な言い訳に対しては、記者が質問を繰り返して追及し、容赦なくその様を晒す、公開処刑のような側面があります。これを上手に乗り切るのはなかなかの天性か、追及をかわす腕、また潔い損切りなどが必要になります。タレントとはいえこれを酷と考えて避けることにも一定の正当性があるというべきではないでしょうか。

タレントの性質にも依拠しますので判断が難しいところではありますが、私自身は、処分するにしても事実を認めコメントを公表し謹慎する姿勢にとどめて良かったのではないかと思います。もちろん、脅してまで止める必要はありませんが、この点についてだけであればタレントが記者会見を行うことに懐疑的だった吉本興業の姿勢自体に理由がないわけではなかったと考えています。特に最初の段階で事実を認める前提なら、問題は小さく収まる可能性は十分にあります。

いずれにしても、またしてもいくつかの記者会見を通じて、組織の問題が公開処刑的に記者会見当事者と結び付けられる形で大きく露呈してしまいました。危機対応というひとつの専門分野からすれば、記者会見にまつわる本質的ではない議論に注目が集まってしまっています。一番大切なのは、早期に真実を把握しそれを隠さないことであって、記者会見をきちんとやることではないのです。

記者会見が効果を発揮する局面

世の中では何か不祥事があるとすぐに記者会見と言われます。メディアとしてはもちろんニュースにしやすいのでそれを求めるのは常でしょう。しかし、危機対応を考える側が理解しておくべきことは別です。少なくとも不祥事において、記者会見が効果を上げることができるのは、実はきわめて限定的なケースであることは前提としておくべきでしょう。

記者会見が効果を発揮する局面を整理すると「攻撃事案」と「逆転事案」の2つの局面に分けられます。

まずは「攻撃事案」。被害者などが不祥事を指摘し、世論を惹起し問題提起する事案です。

記者会見には映像とともに話題を増幅する力がありますので、攻撃の局面では有効に働くことが多くあります。しかし、一度攻撃の局面で会見を用いると、一転守勢に回った時に苦しくなる可能性もあります。そのため、事実関係をしっかり把握したうえで慎重に記者会見を行うことを判断するべきです。シビアな記者会見を経験した人はきわめて稀で、ほとんどのケースは初心者が行います。しかも不祥事発生から時間的猶予もそれほどありません。攻撃側であったとしても、どんな反撃を受けるのか、しっかり想定してから判断しないと思わぬ痛い目にあうこともあります。

もう1つは「逆転事案」です。不祥事の当事者など窮地に追いやられた側がイメージ払拭を含めて逆転をねらうケースです。このケースは、不祥事を起こした側ではあるものの、まだ知られていない大きな同情するべき事情があったり、別の人に批判の矛先を変えることができる大きなネタがあるような事案などで効果を発揮します。

日大アメフト事件のときの加害学生側の会見もそうですし、今回の吉本興業のタレント2名による会見も逆転事案でしょう。このケースでは、自らも不祥事の当事者ですので、自分たちが反省の当事者であるという色をしっかり出すことが大切になります。一歩間違えると人のせいにしているとか、言い訳とも受け取られますので、深めの損切りラインを引けているか、一般人からみて可哀想な立場にいると思えるか、などしっかり踏まえて行う必要があります。今回の2名による記者会見が最終的に成功したかを判断するにはもう少し時間を待つべきですが、世間の見方、報道のされ方が大きく変化したという意味では、一定の効果を発揮した逆転事案といえるでしょう。

反射会見の恐ろしさを知る

また記者会見はそれに続く記者会見の応酬を生むことがあります。記者会見の応酬が劇場型報道を生み状況を悪化させることはよくあることです。特に、記者会見が行われた直後に反射的に対応する拙速な「反射会見」が行われる場合、うまくいくことはほぼないと言って良いでしょう。くしくも日大アメフト事件、吉本興業の両事案ともに逆転事案に対して拙速な反射会見が行われました。

先の記者会見を踏まえた同様の会見対応を求められ、早期の記者会見圧力が高まるのでしょうが、この時こそ一番慎重な対応が必要になります。すぐにでも記者会見を、という思いが強くなるかもしれませんが、グッとこらえてしっかり日数を過ごすことも大事な判断です。どれくらいの期間とは一概にはいえませんが、少なくとも反射会見はやめるべきです。

記者会見には話題増幅装置がついていますので、応酬となると劇場型になり事態が思わぬ方向に進んでしまうこともあります。結果収拾がつかなくなる可能性もあります。吉本興業の岡本社長が行なった記者会見のように、誰が辞める、誰が辞めないというようなマスの興味が向かいそうなことにばかりに話が進むのもその一つです。

冷静に必要な判断を下すために、事態を冷まし少し時間を置くこと、その間、事実確認をしっかりし、説得力を高める準備を行うべきです。逆転事案で会見が一定の効果をあげているケースでは、すでに勝負は追い込まれているとも言えます。これに対応するためには思い切った対応が必要で、その場合は深めの損切りの意思決定を行います。時間をかけすぎるのは良くありませんが、とはいえ判断に時間はかかるわけです。もちろん、この間に世論や報道の状況が変わることもありえますので、日々注視しながら判断を行います。逆転会見に対して記者会見で対応するのか、それとも文書で対応するのかはそのうえで判断するべきことなのです。時間を置けば、多くの事例では文書での対応が良いと判断することになるでしょう。

日大アメフト事件のケースも、吉本興業のケースも「反射」の会見は実に言い訳がましい、苦し紛れのものとなってしまっていました。損切りラインの策定が甘い、拙速な対応ともいえます。

今回のケースでいえば、損切ラインとして指摘されているような具体的な経営課題を認識しそれに対しての一定の明確な方向を示すことが求められたでしょうし、またわかりやすい形が必要なら、体制変更などが必要とされるかもしれません。まさに、反射ではない、大切な判断が求められるところです。早めの発表が優先させるのであれば、具体的な落とし込みまでは出せなくても、十分に判断できる期限を明示した上で方向性を発表をする、というような形でも良いでしょう。

危機管理の本質、ピンチはチャンス!?

最後にひとつ。ここでは「損切ライン」という言葉に代表されるように危機対応のディフェンス面についてお伝えしました。しかし、実は危機管理の本質は「ピンチはチャンス!」でもあることを忘れてはいけません。組織が瓦解するような大きなピンチが起きていることは事実なのですが、見方を変えると、起きてしまったことに対してしっかり損切りを行い、組織を大きく前向きに変化させる、新たな飛躍のきっかけを作る、そんなチャンスも同時に起きているのです。

そういう考えで対応が検討されるのであれば、必ず良い形を作ることができます。よい危機対応を行うためにも、保身を超えて「ここはひとつこの不祥事を良いきっかけにしてやろう!」という気概、信念をもつことが重要になるのです。

今回は結果的に事態が大きく報じられ、業界の構造が正しい方向に変化するかもしれません。しかし、危機対応を考える立場からは、記者会見で余計な怪我をするまでもなく、業界の構造を正しく変えるくらいの「ピンチはチャンス!」的気概ある危機対応を増やしていきたいものです。

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