企業価値向上と毀損防止に向けて企業は何をすべきか
第10回 不正会計 - 子会社経営者不正(前編)
コーポレート・M&A
シリーズ一覧全11件
- 第1回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(前編)
- 第2回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(後編)
- 第3回 企業不祥事事例の分類と分析、不正ではない不祥事とコンプライアンス経営の重要性
- 第4回 発覚の端緒と会社資産の不正流用
- 第5回 被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス(前編)
- 第6回 被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス(後編)
- 第7回 不正会計、その他コンプライアンス違反と共同体的一体感
- 第8回 不正会計 - 親会社経営者不正(前編)
- 第9回 不正会計 - 親会社経営者不正(後編)
- 第10回 不正会計 - 子会社経営者不正(前編)
- 第11回 不正会計 ‐ 子会社経営者不正(中編)
今回の第10回~第12回は、子会社経営者による不正会計に焦点を当ててそれらの効果的な予防策についてお伝えします。
子会社での不正に関するコーポレートガバナンスと親会社経営者の責務
下記は、「第8回 不正会計 ‐ 親会社経営者不正(前編)」の冒頭でお伝えした不正会計の6つの分類です。今回から3回は、④の子会社経営者による粉飾決算についてのお話となります。
【上場会社の不正会計:行為者・動機による分類】
分類 | 不正行為者 | 動機 | 連載中の関連記事 | |
---|---|---|---|---|
粉飾決算(※) | ①親会社経営者による会社存続のための粉飾決算(3件) | 親会社の 経営者 |
会社存続のため (保身のため) |
「不正会計 ‐ 親会社経営者不正」(第8回・第9回) |
②親会社経営者による粉飾決算(9件) | 親会社の 経営者 |
保身のため | ||
③被買収子会社経営者による粉飾決算(6件) | 被買収会社の 経営者 |
買収条件の向上 (個人的利得目的) |
「被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス」(第5回・第6回) | |
④子会社経営者による粉飾決算(16件) | 子会社の 経営者 |
保身・出世のため | 「不正会計 ‐ 子会社経営者不正」(第10回・第11回・第12回) | |
不正会計 | ⑤子会社従業員による不正会計(9件) | 子会社の 従業員 |
保身・出世・会社のため | − |
⑥親会社従業員による不正会計(12件) | 親会社の 従業員 |
− |
(※)投資家(株主や親会社)を欺く意図を持って行われる不正会計
なお、子会社での不正に関するコーポレートガバナンスは、不正を監視・監督するのは一次的には親会社経営者の責務であり、親会社の取締役会は、その親会社経営者による子会社ガバナンス(子会社への経営統制や経営管理)の敷設状況や親会社、子会社に関する内部統制の構築・運用状況を監視・監督するという構図となります。子会社の取締役や監査役による直接的な監視・監督・監査・牽制はもちろんあるわけですが、それらの役職を機能させるようにするのも親会社経営者の重要な役目です。
子会社経営者による粉飾決算 - 事例の概要と背景的な原因、特徴
それでは早速、子会社経営者による粉飾決算の中身から見てゆきたいと思います。以下が子会社経営者による粉飾決算全16件についての事実の概要と、調査報告書で直接的あるいは間接的に指摘された背景的な原因(根本的原因)および特徴です。
なお、青色のテキストは「目標達成への強いプレッシャー」、ピンク色のテキストは「風通しの悪い組織風土」、緑色のテキストは「閉鎖的な組織の弊害(タコツボ現象)」、黒い太字のテキストは「子会社への経営関与の脆弱性」を指します 1。
海外子会社
① 名門繊維メーカー(2016年)
米国子会社の現地採用外国人社長が、業績目標を達成するため、従業員に指示して、2年間に亘り、経費の先送り、仕入先への支払いの先送り、費用の分割計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、親会社からの在庫削減と業績目標達成の多大な圧力、会計知識が欠乏している子会社の外国人社長による過大な事業計画策定志向とコンプライアンスおよびディスクロージャーの重要性についての意識が低い企業風土、組織の閉鎖性の弊害および子会社への経営関与の脆弱性があった。
② おむつ等メーカー(2017年)
中国子会社の営業管理部の担当者が現地採用外国人高級総監の意向のもと、利益目標の達成または未達幅縮減のため、3年間に亘り、販売促進費の先送り計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、グループにおける予算管理・利益計画への固執や営業担当者に対するインセンティブ制度、それに基づく一定のプレッシャー、子会社への経営関与の脆弱性があった。
③ 塗料用等の酸化チタン大手(2018年)
完全子会社の海外(ベルギー)の関連会社(持分法適用会社)の現地採用外国人社長が、自身の面目を保ち、他者からの信頼・評価を得るため、7年間に亘り、部下に指示して、売上の前倒し、架空計上や押込販売、架空の製品補償の収益計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、売上に重きを置く当該社長の成長への固執と社長に異議を述べることができない職場環境があった。
④ フィルム・医療機器等メーカー(2017年)
海外販売孫会社(2社)の従業員らが、売上目標達成のため、7年間に亘り、リース取引における不正会計を行った。また、元被買収会社の経営陣であった子会社副社長、専務による不正会計の隠蔽指示が併発した。背景的な原因として、売上達成を重視したコミッションやボーナス等のインセンティブの仕組みや業績達成のプレッシャー、売上至上主義の社風、組織の閉鎖性の弊害および子会社への経営関与の脆弱性があった。
⑤ 設備工事会社(2016年)
親会社から派遣されたインドネシア子会社の社長の指示のもと、副社長、工事部長、業務課長ら3名が、事業計画を必達するため、3年間に亘り、原価の付替え、工事進行基準における見積原価操作による収益の前倒し計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、業務上の疑問点や不明点について、上司や同僚に報告・相談できない職場環境があった。
⑥ 衣料・食料品輸入販売会社(2017年)
中国子会社の社長が、親会社の本部長の許容のもと、売上の減少を打開するため、2年間に亘り、実体のない架空取引、実体のある循環取引、実体の確認できない架空・資金取引等の不正会計を行った。背景的な原因として、子会社内の牽制機能不全や本社による統制機能不全、子会社への経営関与の脆弱性があった。
国内子会社
⑦ 首都圏基盤の個別指導受験塾(2014年)
国内子会社の現場の管理職が、売上目標達成のため、子会社の専務取締役・常務取締役らの黙認のもと、部下の社員に指示して、6年間に亘り、売上の前倒し計上や仮装計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、売上に重きを置く親会社会長の経営方針(営業成績至上主義)やそれに直結する短期の昇給、昇格、降給、降格等の人事評価制度、ノルマを達成するためには不正もやむを得ないという社内風土があった。
⑧ 注文住宅会社(2014年)
親会社の社長から嘱望されて中途入社して就任した国内子会社の社長が、経営を良くみせかけるため、2年間に亘り、架空売上等の不正会計を行った。背景的な原因としてオーナー一族を絶対的に崇め、自由に議論をするような雰囲気ではない社風と子会社管理体制および子会社への経営関与の脆弱性があった。
⑨ 生活関連サービス会社(2014年)
第三者割当増資により子会社化した被買収会社の社長が、経営責任を回避するため、従業員に命じて、2年間に亘り、「検収書」の偽造による架空売上計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、資金繰りは親会社に大きく依存する中、売上計画に大きな齟齬が出れば責任を追及されるとの社長の思い、および子会社への経営関与の脆弱性があった。
⑩ 住宅、ライフライン、樹脂メーカー(2015年)
国内子会社の社長ら経営陣が、親会社グループの管路更生事業の中核的存在としての期待に応えるべく、売上目標値を達成するため、7年間に亘り、工事原価の付替え等による売上の前倒し計上を行った。背景的な原因として、高い売上目標の設定があった。
⑪ 組織・人事・IR等経営コンサル会社(2015年)
中途採用者として抜擢された国内子会社の取締役が、売上の減少や業績悪化による人員や拠点の統廃合に繋がりかねない年間の広告宣伝費の削減を回避するため、2年間に亘り、広告宣伝費の先送り計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、子会社管理体制および子会社への経営関与の脆弱性があった。
⑫ 首都圏食品スーパー最大手(2015年)
旅行業を営む連結孫会社の社長が、取締役営業本部長を含む役職員に指示し、業績を黒字化するため、8年間に亘る架空売上等の不正会計や原子力損害賠償金の過大請求を行った。背景的な原因として、黒字化へのプレッシャー、赤字決算が連続したことによる事業存続への強い危機感および子会社への経営関与の脆弱性があった。
⑬ 機械式圧力計世界最大手(2016年)
国内子会社の営業責任者の意向と社長の容認のもと、製造部門担当者、システム担当者が、数値目標達成のため、6年間に亘り、売上の出荷前前倒し計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、社長による「売上の平準化」の経営方針、親会社からの借入や銀行保証が期待できず金融機関からの借入に頼らざるを得ないプレッシャーがある状況下で金融機関に対し経営状態をよく見せようとする思い、不適切会計処理を積極的に容認し決定する企業風土および子会社への経営関与の脆弱性があった。
⑭ 機能樹脂メーカー(2016年)
独立採算を目指す別会社(エンジニアリング会社)として設立された国内子会社の役職員らが、国内子会社の社長の了解のもと、親会社からの独立経営の要求に応えるため(決算数値と予算数値との間に乖離を生じさせないため)、6年間に亘り、原価の付替え、工事進行基準における見積原価操作による収益の前倒し計上等の不正会計を行った。背景的な原因として、数値目標達成に関するプレッシャーや自由に報告、相談できない風通しの悪い職場環境、組織の閉鎖性の弊害および子会社への経営関与の脆弱性、があった。
⑮ 駐車場中堅(2016年)
国内子会社の部長が、子会社社長の容認のもと、数値目標を達成するため、2年間に亘り、広告宣伝費の計上時期の繰延べ等の不正会計を行った。背景的な原因として、数値目標達成への過度なプレッシャーや不正の可能性を認識した際に上司や同僚に相談できる職場環境・風土の欠如、子会社への経営関与の脆弱性があった。
⑯ 紙卸業(2018年)
国内子会社の取締役らが、予算を達成してその立場や地位を維持するため、7年間に亘り、架空売上の計上や回収偽装、スルー取引、売上原価の付替え、取引先への過大発注とキックバックの受領(接待交際費への使用)等を行った。背景的な原因として、ビジネス上の公正観や倫理観の植え付けが不十分な組織風土、国内子会社の設立を主導した役員としての自負心や、国内子会社を存続させて欲しいままに利益操作や交際費の捻出工作が可能な自身の立場や地位を維持する意図、組織の閉鎖性の弊害および子会社への経営関与の脆弱性があった。
事例 |
特徴 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
不正行為者の属性 | 数値目標達成のプレッシャー | 問題のある組織風土 | 経営関与の脆弱性 | 組織の閉鎖性の弊害 | ||
海外 | ①名門繊維メーカー(2016年) 【事業部門管理方式】 |
現地採用外国人 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ |
②おむつ等メーカー(2017年) 【管理部署不在の機能別管理方式】 |
◯ | − | ◯ | − | ||
③塗料用等の酸化チタン大手(2018年) 【子会社管理部署管理方式】 |
△ | ◯ | △ | − | ||
④フィルム・医療機器等メーカー(2017年) 【海外子会社は地域統括会社管理方式】 |
被買収会社経営陣 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | |
⑤設備工事会社(2016年) 【海外事業部管理方式】 |
親会社 出向者 |
△ | ◯ | − | − | |
⑥衣料・食料品輸入販売会社(2017年) 【子会社管理部署管理方式】 |
− | △ | − | ◯ | − | |
国内 | ⑦首都圏基盤の個別指導受験塾(2014年) | − | ◯ | ◯ | − | − |
⑧注文住宅会社(2014年) | 中途 採用者 |
△ | ◯ | ◯ | − | |
⑨生活関連サービス会社(2014年) | 被買収会社経営者 | △ | − | ◯ | − | |
⑩住宅、ライフライン、高機能樹脂メーカー(2015年) | − | △ | − | − | − | |
⑪組織・人事・IR等経営コンサル会社(2015年) | 中途 採用者 |
△ | − | ◯ | − | |
⑫首都圏食品スーパー最大手(2015年) | − | ◯ | − | ◯ | − | |
⑬機械式圧力計世界最大手(2016年) | 被買収会社経営者 | ◯ | ◯ | ◯ | − | |
⑭機能樹脂メーカー(2016年) | − | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | |
⑮駐車場中堅(2016年) | 親会社 出向者 |
◯ | ◯ | ◯ | − | |
⑯紙卸業(2018年) | △ | ◯ | ◯ | ◯ |
(※)不正行為者の属性につき、調査報告書等で明示がない事例は「 − 」とした。数値目標達成のプレッシャーにつき、親会社による過度なプレッシャーはなかったが、不正行為者の動機として認められたものは△とした。グレーのセルは、企業の外の人財を子会社の社長に抜擢・起用した事例である。
事例から得られる教訓
前項に引き続いて、これらの子会社経営者による粉飾決算事例の概要と背景的な原因および特徴等から、どのような教訓が得られるのかをまとめて次回に繋げたいと思います。得られた教訓は以下の6つです。
子会社の独立性を過度に認め、モニタリングが弱いケースが多い
教訓の1つ目は、総じて、子会社の独立性を過度に認め、モニタリングが弱い、いわゆる「任せているし、見ていない」といったケースが多いということです。
経営関与の脆弱性が指摘された事例ですが、たとえば事例の⑬では、調査報告書に、「当社が子会社に対し経営の独立性を一定程度容認していたことを背景に、子会社社長が経営の独立性を過剰に意識し、会計基準を逸脱した会計処理をしても構わないという完全に誤った独善的な考え方に陥っていたことがうかがわれる」、「親会社による監督体制が不十分であったため、本件不適切会計処理を未然に防ぐことができなかった。経営企画部は、子会社から取締役会議事録、事業計画、月次・四半期・年度決算資料等を受領していた。しかしながら、その内容を精査することなく、資料を徴求することにとどまっており、経営の問題提起及び経営指導・支援が不十分であった」との記述があります。
子会社に対する「経営の問題提起」は、連結経営上の企業価値の毀損防止策であり、また、子会社に対して経営指導することは連結経営における企業価値の向上のために行うことです。それらを行うことは株主から経営を委託された親会社の使命でもある、ということを親会社は忘れてはならないということでしょう。
「子会社は上場会社グループの一員である」ことの意味合いを子会社に対して理解させていない親会社像が見られる
教訓の2つ目は、「子会社は上場会社グループの一員である」ことの意味合いを子会社に対して理解させていない親会社像が見られるということです。
事例の⑬では、調査報告書の記述に「子会社社長は、当社が上場会社であり、当社の連結子会社として当社と同程度のステークホルダーに対する責任があることについての認識がなく、また、本件不適切会計処理が発覚することによる株式市場や当社及び子会社への影響も全く想像を及ばすことがなかったものと考えられる」という記述があります。
これは、「親会社は、以下のような大企業および上場会社であるがゆえの責任や義務、その一端を担っている連結子会社の立場と役割を、子会社に理解させるなどの施策を行っていない」と指摘されていることを意味します。
- 親会社は「企業集団における業務の適正を確保するための内部統制を構築する」という会社法上の法的な義務があること
- 財務報告の信頼性確保のために内部統制を構築しなければならないという金融商品取引法上の法的義務を負っていること
- 適時開示のほか、上場基準などの証券取引所規則を遵守しなければならないこと
- コーポレートガバナンス・コードというソフトロ―上の要請もあること など
子会社経営者へのこのような教育、啓蒙の不作為は連結経営の効率性と透明性を損ねることに繋がります。
価値観の共有とそのための子会社の経営者の資質に目をむけていなかった事例が多い
教訓の3つ目は、価値観の共有とそのための子会社の経営者の資質に目をむけていなかった事例が多いということです。子会社経営者に、親会社の企業理念や親会社による子会社ガバナンスの必要性を受け入れようとする気質があることが、グループ経営にとっていかに大切なことなのかについても、親会社は自覚すべきです。
事例⑯の調査報告書には、「当社では、子会社・関連会社の経営につき、一般的に子会社・関連会社のプロパー社員の裁量に委ねる風潮が強く、そのこと自体はグループ会社の自立的運営という観点からある程度は必要である一方、統制環境という観点からは当社のコンプライアンス・カルチャーがグループ会社には徹底されず、規律の緩みがあったと言わざるを得ず、当社からの統制を一定程度強化する必要がある」との記述があります。親会社からの出向者が不正行為を行った事例なのですが、これは、派遣役員の教育の問題というよりもむしろ派遣役員の資質の問題であったと言えましょう。
事例④の調査報告書には、「親会社と子会社との間には一体感は認められない。親会社がその企業理念の中で「オープン、フェア、クリアな企業風土」を目指すとしているのに、子会社のホームページのどこを見てもその文言は見当たらない。このような子会社の独立性、そして子会社の売上至上主義やそこから派生する歪んだ会計観の背景には、子会社経営陣が2つの大株主の狭間で希求してきた経営の自律性に対する憧れのような思いがあることは否定できないであろう」との記述があります。「子会社経営者は連結経営の一端を担う」という意味において、子会社経営者の資質が子会社の経営を委託するのに足るかどうかを親会社が評価するのは当然のことです。それには、企業価値向上のための事業運営上の資質のみならず、親会社の企業理念や親会社による、連結経営目標達成にむけての子会社ガバナンスの必要性を受け入れようとする気質も含むべきである、と言えるのではないでしょうか。
親会社からの派遣役員の機能不全
教訓の4つ目は、親会社からの派遣役員の機能不全です。これは、特に買収した会社を子会社化したケースで被買収会社の経営者に子会社化後も経営依存する場合や海外子会社で外国人経営者に経営を任せるケースで言えることです。
事例⑨の調査報告書では、「親会社が子会社へ人材を派遣する場合には、単に取締役として派遣させることを決定するにとどまらず、派遣先子会社における職責を明確にし、子会社内及び親子会社間において必要な報告、決裁がなされるよう、子会社内でのルール整備及び親子会社間での規律を徹底することが必要である」との記述があります。
親会社から子会社へ派遣された取締役は、子会社経営を言わば傍観者的に見守ることなく、現地経営陣や現地職員と緊密なコミュニケーションを取りつつ、その事業運営の意思決定への深い関与により企業価値の向上に貢献することは勿論のことです。また、自らがグループガバナンスの重要な一翼を担っているとの自覚を持ち、取締役会の構成員として監視・監督機能を発揮し、子会社自身の内部統制に実質的な役割を果たしていくことが肝要です。なお、監査役として派遣される場合に守りのガバナンスの核となるべき役割を担うことは言うまでもありません。
すべての事例の動機が数値目標の達成にあり、6割以上の事例で組織風土に問題がある
教訓の5つ目は、すべての事例の動機が数値目標の達成にあり、また6割以上の事例で組織風土に問題があったということです 2。「利益なくして経営なし」はその通りであり、子会社経営者が数値目標達成のプレッシャーを感じることは当然なのですが、半数の事例(上記2の図表の数値目標達成のプレッシャーの欄で◯が表示されている事例)で親会社からの数値目標達成に向けての過度なプレッシャーが問題視されています。
事例⑭の調査報告書では、「業績向上の要請は、赤字を出すなという至上命令となって社内を支配し、会計法規の遵守を軽視しがちとなり、その結果、当初想定した予算内で原価を収め、想定した粗利率を確保して遂行するべきであると考える処理方針が全社的に形成され、粗利確保が困難な案件から粗利に余裕のある案件への原価付替が行われるようになっていったことが窺われるのである」という記述があり、数値目標の達成について、親会社として子会社にどのようにプレッシャーをかけてゆくべきかということが1つの大きな課題となります。
また、組織風土の問題については、問題視された10の事例のうち5事例が「モノが言えない風通しの悪い組織風土」、残りの5事例が「コンプライアンスよりも売上・利益を優先する組織風土」となっています 3。組織風土と企業不祥事との関係については、共同体的一体感を活用した企業の対応策も含めて「第7回 不正会計、その他コンプライアンス違反と共同体的一体感」の4にて述べた通りです。これらの「数値目標達成のプレッシャーのかけ方」と「組織風土改革」についての実効的な実務対策は、次回以降で筆者の実務経験をもととした私見を述べたいと思います。
経営管理に関する親子間のルールの欠如・不備が見られる
教訓の6つ目は、経営管理に関する親子間のルールの欠如・不備が見られるということです。これは、「第2回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(後編)」の4で述べた組織の閉鎖性の弊害の問題にも関連します 4。親会社が主導する企業集団としての企業価値向上を実現するためには、親会社が方針や方向性を決定し、子会社への動機付けを行い、親子間の効率的なコミュニケーションのもと、進捗をモニタリングしてゆくための仕組みを子会社に埋め込む必要がありますが、関連会社管理規程の不備を含めてそのような仕組みができていなかった事例は多いです。
また、親会社、子会社間のコミュニケーションのルールが不明確なために子会社の経営が非効率となり、不祥事の発見も遅れたという事例もあります。事例⑧の調査報告書では「本件においては、子会社の社長から、親会社の社長に対して非公式なルートで随時報告がなされ、了承を得るといった人的な関係を基に意思決定がなされ、それが第三者による検証を妨げ、問題の発見を遅らせた原因となっているものと考えられる」との記述があります。上場親会社の社長は忙しいですし、すべての状況を瞬時に判断することはできませんので、このような状況ですと、不正の発見が遅れるどころか連結経営が混乱してしまいます。
以上のような教訓を踏まえて、次回の中編では、不正のトライアングルから鑑みた子会社の不正リスクの把握や(海外)子会社の主な管理方式と留意点のまとめを通じて問題の本質に迫りつつ、紙面が許せば、グループ経営管理の在り方について、会社法における「企業集団の内部統制に関する体制の取締役会決議7項目」と関連させながら実務対応上の論点のまとめに入ってゆきたいと思います。
コラム「非上場子会社の取締役会議事録の在り方」
渡辺
子会社経営者の不正事件において、取締役会議事録につき意外な事実が明らかになっています。
親会社の管理が不徹底であったり、子会社経営者が巧妙であったりで、不正事件は起きるわけですが、子会社にも取締役会という経営者を監視する機関があり、その議事録を見れば、意思決定や監視活動がいくばくかは分かるはずです。ところが、子会社経営者不正事件のいくつかで、子会社では取締役会議事録が作成されていなかったという例があります。
また、非上場子会社の場合は、「物理的に取締役会を開催すると、何かと面倒なので、取締役会の決議はすべて書面で行いたい」とか「実質的な意思決定は営業会議や生産会議等の下位の会議体で行われているので、取締役会の物理的な開催は業務執行の報告も含めて3か月に一度としたい」との志向を持ちがちです。
しかし、上場親会社による企業集団の内部統制の一環として、取締役会の開催、内容の濃い議事録の記載、親会社への提出を子会社に対して義務付けるということが、なされても良いと思いませんか。
市川
まず、上場会社Aと非上場会社Bの株式関係ですが、(1)AがBの100%親会社である関係、(2)AのほかにもB社に少数株主がいる関係、(3)Aは少数株主に過ぎずB社に多数派株主がいる関係があり得ます。(1)(2)の場合はB社における経営陣のトップとしてAの取締役や従業員が送り込まれていることが多く、(3)の場合はB社の生え抜きであることが多いでしょう。渡辺さんの指摘する志向は、前二者(1)(2)の場合に存在する傾向だと思います。
上場会社Aと非上場会社Bの株式関係 | B社における経営陣のトップ | 取締役会への志向 |
---|---|---|
(1)AがBの100%親会社である | Aの取締役や従業員が送り込まれていることが多い | 書面での決議・開催頻度の削減をしたい |
(2)AのほかにもB社に少数株主がいる |
||
(3)Aは少数株主に過ぎずB社に多数派株主がいる |
B社の生え抜きであることが多い | 開催して議事録を作成したい |
私も、前二者を念頭にお話ししようと思いますが、最後の場合(3)を頭の片隅に置くのはとても重要です。自社が少数派であって、経営の主導は取れない状況下で、しかし経営陣に勝手は許さず規律したいと思ったら、B社の取締役会に何を求めるか、どのような議事録を作成して欲しいか、はっきりしたイメージが湧くはずです。取締役会の開催や議事録の作成を求める会社法というものは、所有と経営の分離を前提に、両者の利益相反を防止・抑制する仕組み(ガバナンスシステム)であると総括することができますから、(3)のような場合にこそ、議事録は頼りになるはずです。そして、(2)の場合に存在する少数株主も、同様の期待とそれを実現する会社法上の権利を持っていることを忘れるべきではないでしょう。これらを前提に、(1)の場合に湧き起こる上記の志向について考えてみます。
(1)の場合には、所有と経営が分離していないために、上記の志向が湧き起こっていると見えます。親会社は子会社を所有もするし経営もしていて、経営者としての意思決定を掌握しているので、取締役会の開催や承認といった、所有者としての規律手段を欲しておらず、むしろ法律上要求される手間であると見てしまうのでしょう。子会社にとっては、一定の重要な意思決定事項については、関連会社管理規程などに基づいて、執行上の決裁権者としての親会社から承認をとる必要があるので、所有者としての親会社から取締役会の場でも承認をとるのは、純粋に二度手間になります。親会社の経営管理が行き届いている場合には、ガバナンスに割く時間や手間は極力削り、議事録の取り方も最低限で良いのかもしれません。
ただ、(海外)子会社で起きる不祥事の多さはどうでしょう。経営管理が行き届いているとは言えない現状の反映ではないでしょうか。日本企業は現地法人に任せっきりにしてしまう傾向が強いと以前からよく言われています。そうであるなら、せめて取締役会の議題にするべき重要な事項くらいは、報告、議論、決議という基本的な動作を徹底させるべきではないでしょうか。そして、それらの確認手段として議事録を活用するというアイデアは、正統でありかつ斬新だと思います。
なお、親会社の社員(株主)は、権利行使のため必要があるときに、裁判所の許可を得て、子会社取締役会議事録を閲覧・謄写できること(会社法371条5項)には注意が必要です。権利行使とは、子会社の取締役に対する多重代表訴訟提起が含まれますし、子会社に対する監視・監督失敗の責任を追及する、親会社の取締役に対する代表訴訟も含まれると考えられます。
-
「目標達成への強いプレッシャー」「風通しの悪い組織風土」については「第1回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(前編)」、「閉鎖的な組織の弊害(タコツボ現象)」については「第2回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(後編)」を参照ください。 ↩︎
-
上記2の図表の目標数値達成のプレッシャー、問題のある組織風土の欄を参照ください。 ↩︎
-
「モノが言えない風通しの悪い組織風土」は事例②・⑤・⑧・⑭・⑮、「コンプライアンスよりも売上・利益を優先する組織風土」は事例①・④・⑦・⑬・⑯を参照ください。 ↩︎
-
これが直接的あるいは間接的に指摘された事例は、上記2の図表の組織の閉鎖性の弊害にある4件です。 ↩︎
シリーズ一覧全11件
- 第1回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(前編)
- 第2回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(後編)
- 第3回 企業不祥事事例の分類と分析、不正ではない不祥事とコンプライアンス経営の重要性
- 第4回 発覚の端緒と会社資産の不正流用
- 第5回 被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス(前編)
- 第6回 被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス(後編)
- 第7回 不正会計、その他コンプライアンス違反と共同体的一体感
- 第8回 不正会計 - 親会社経営者不正(前編)
- 第9回 不正会計 - 親会社経営者不正(後編)
- 第10回 不正会計 - 子会社経営者不正(前編)
- 第11回 不正会計 ‐ 子会社経営者不正(中編)

一般社団法人GBL研究所

田辺総合法律事務所