クロスボーダーM&A ディールマネジメントのノウハウとエッセンス

第1回 M&Aと買収後のガバナンス 完全統合型か「任せる経営」型か

コーポレート・M&A

目次

  1. 買収後に買収先主導による二次買収で巨額の減損を生じた事例(米国)
  2. 真逆のPMI手法を採る外資系企業と日本企業
    1. 完全統合型と「任せる経営」型
    2. ビジネス状況に応じたアメとムチの使い分け
  3. 現地主導のM&Aでも本社モニタリングは必須
    1. 「現地主導」を「現地任せ」にしない
    2. 本社と現地で異なるM&Aの動機とリスク評価

 経済のグローバル化に伴い、日本企業による海外M&Aを含め、国境をまたぐ企業活動が急増しています。これにより、企業が複雑で困難を伴うクロスボーダーの法律問題に直面する機会も増えています。クロスボーダー M&A、国際紛争、規制・当局対応など、そのような場面は増える一方です。

 本稿では、日本企業を代理した米国、欧州、アジア各国での海外M&Aについて、多数の経験とノウハウを持つ森 幹晴弁護士が、海外M&Aにおける買収後の買収先の統合や海外子会社の管理運営のエッセンスを実践的に解説します。

買収後に買収先主導による二次買収で巨額の減損を生じた事例(米国)

事案の概要

買収後に買収先主導による二次買収で巨額の減損を生じた事例概要

 T社は2006年に米国の原子力関連企業であるW社を54億ドル(約6,210億円、当時のレート)で買収しました。T社がW社を買収した後、2011年3月の東日本大震災に伴う世界的な原子力発電所建設案件の凍結と規制強化によりW社の経営が急速に悪化し、原子力発電所建設のコンソーシアムを組むC社(米国大手エンジニアリング会社)との間でもコスト負担を巡って訴訟懸念が発生します。

 コンソーシアム内の訴訟懸念を解決し、早期にプロジェクトの完成に注力できる体制構築を目指し、2015年にW社がC社から原子力発電所の建設を担うS社の株式100%を取得したものの、買収後に運転資本調整額の算定においてC社と見解の相違が判明しました。
 その後、デラウェア州衡平裁判所での訴訟を経て、2017年、T社は原発関連の損失が7,000億円超であることを公表し、W社について米国連邦倒産法第11章に基づく再生手続を裁判所に申し立てました。

真逆のPMI手法を採る外資系企業と日本企業

完全統合型と「任せる経営」型

 買収後の自然災害による原子力事業の経営環境の悪化は不運と言わざるを得ませんが、S社買収の判断や原子力事業関連の巨額の損失については、T社によるW社の統合やガバナンスには慎重に検討すべき課題があったのではないかと感じます。

 買収後の統合や買収先(海外子会社)の管理方法に明確な答えはありませんが、外資系企業(特に米国企業)と日本企業とで大きく異なる傾向があることは興味深い点です。米国企業は、親会社主導で買収先の経営を完全にコントロールして、親会社のルールを買収先にも適用します(完全統合型)。これに対して、日本企業は、各国ごとに法律や市場のルールも違うので、現地の裁量に任せた方がよいという考えが多数派です(「任せる経営」型)。

完全統合型と「任せる経営」型

完全統合型と「任せる経営」型

ビジネス状況に応じたアメとムチの使い分け

 特に原発事業は、安全規制や契約実務、作業規準など日米で大きな違いがあります。またW社は老舗の原子力関連企業でしたので、T社によるW社のガバナンスは相当な難題だったと推測されます。

 しかし、「任せる経営」型は、「買いっ放し」と同義ではありません。現地経営陣に思う存分手腕を発揮してもらうためのインセンティブを設計すると同時に、適切なガバナンスを構築する、「アメとムチ」が前提となることには留意が必要です。

 アメは計画達成時のインセンティブを含む報酬で、ムチは事業遂行プロセスのモニタリングや計画未達の場合の経営者交代などのイメージです。アメとムチは、買収側のリソース(海外企業のマネジメントを任せられる人材、海外事業のマネジメント経験の有無等)、買収先の経営陣の能力、買収先の事業や市場の知見の有無等を考慮して、適度なバランスとなるよう設計することがポイントとなります。

現地主導のM&Aでも本社モニタリングは必須

「現地主導」を「現地任せ」にしない

 近年、海外M&Aによる急速なグローバル化に伴い、買収先や海外子会社を管理・運営できる人材の不足や制度的な裏付け(グローバル体制を前提とした内部統制や内部監査体制、社内の教育研修等)の整備が追い付いていないことが、多くの日本企業の課題になっています。これは一朝一夕に克服できる課題ではありませんが、今から一歩ずつ着実に取り組んでいく必要があります。

 さらに、近年、日本企業による海外進出の増加にともない、海外子会社や海外に設立した地域統括会社の主導でM&A案件が実施されるケースも増えています。現地の事情に通じてM&Aを遂行できる現地チームを備えることは日本企業のグローバル化が進んだ証左であり、喜ばしいことです。しかし、一方で現地任せとなってしまっている企業も見られ、本社の経営管理や財務、法務・コンプライアンス等の管理部門によるモニタリングの必要性が見過ごされているケースが少なくないようです。

本社と現地で異なるM&Aの動機とリスク評価

 本事例に見られるように、現地子会社主導の買収案件であっても、ひとたび問題が生じれば本社の取締役の責任問題となることには留意が必要です。本社と現地経営陣とではM&Aの動機や買収リスクの評価におのずと差異が存在し得ます。

 たとえば、現地経営陣には売上の数字達成をねらう動機があったり、新興国の経営陣は贈収賄や不正会計等のリスクがあってもその国では日常茶飯事だという認識を持っていたりして、日本の感覚からすると現地ではリスクマネジメントが十分でない可能性もあります。
 今後は、現地主導によるM&A案件であっても本社管理部門によるモニタリングは必須であるという意識を持つ必要があります。  

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