国内初、伊藤忠によるデサントの敵対的TOB 事例から考える日本企業のガバナンス革命

コーポレート・M&A

目次

  1. 海外では一般的な敵対的TOB、どのような手法なのか
  2. 敵対的TOBが日本でも根付く可能性はあるか
  3. 伊藤忠がデサントに敵対的TOBを行った理由
  4. 今後の経営に与える影響、注目するべき点は

2019年3月、伊藤忠商事がスポーツウェア大手のデサントに対してTOB(株式公開買い付け)を成立させました。国内の大企業同士ではじめて敵対的TOBが成立した事案となります。

今後、敵対的TOBが企業価値向上につながる手段として定着するのではないかという評価がある一方、問題点を指摘する声も見られます。敵対的TOBとはどのような手法であり、伊藤忠はなぜこの選択をしたのでしょうか。企業買収の実務に詳しい牛島総合法律事務所の牛島 信弁護士、川村 宜志弁護士は、今回の事案は「ガバナンス革命と呼ばれるに値するものとなる可能性を秘めている」と語ります。

海外では一般的な敵対的TOB、どのような手法なのか

敵対的TOBとはどのような手法でしょうか。

TOB(株式公開買い付け)のうち、買収対象会社の取締役会の同意を得ないものを一般に敵対的TOBという。TOBとは、不特定かつ多数の者に対し、公告により株券等の買付け等の申込みまたは売付け等の申込みの勧誘を行い、取引所金融商品市場外で株券等の買付け等を行うことである(金融商品取引法27条の2第6項)。これは、会社支配権等に影響を与え得る取引について、株主に情報を提供し、透明性・公正性を確保する観点から、情報開示を徹底させるとともに、株主に公平な売却機会を付与することを趣旨とするものである。

TOBは、主として上場会社の株式について、会社の支配権取得やその強化をねらって行われるものであり、今回の伊藤忠によるデサントに対するTOBは、デサントの取締役会の同意がないまま行われたことから敵対的TOBとなる。

過去、国内で敵対的TOBが成立した例はないのでしょうか。

これまでも、国内において敵対的TOBが成立した例がないわけではない。しかしながら、いずれも外資や小規模企業が買い手になったものである。そのため、伊藤忠によるデサントに対するTOBは、国内の大企業同士ではじめて敵対的TOBが成立した事案ということになる。

事業会社による敵対的TOBとしては、王子製紙による北越製紙に対するものが広く知られている。これは、製紙業界首位の王子製紙が同業大手の北越製紙に対して経営統合を目的として2006年に行った敵対的TOBであるが、応募株式数が、TOBの条件として付された最低取得株式数に達しなかったことから、成立に至らなかった。

その他にも、2005年の夢真ホールディングスによる日本技術開発に対するTOBや、2006年のドン・キホーテによるオリジン東秀に対するTOBなどの敵対的TOBがあったが、いずれも成立しなかった。わが国においては、敵対的TOBは失敗に終わることが多い傾向にあるといわれており、伊藤忠によるTOBはこのような敵対的TOBをめぐる状況に一石を投じるものである。

海外では敵対的TOBは一般的な手法なのでしょうか。

アメリカは、敵対的TOBの本場といわれており、敵対的TOBがM&Aの手法として使用されている。たとえば、1980年代後半に行われた投資ファンドKKRによるRJRナビスコの買収は、敵対的TOBによるものとして有名である。また、2004年にアメリカの会社であるオラクルが同じくアメリカの会社であるピープルソフトを約1兆円で買収したのも敵対的TOBによるものである。
なお、アメリカ以外の地域でも、2000年にイギリスのボーダフォンがドイツのマンネスマンを敵対的TOBにより約20兆円で買収した事例などが存在する。これは、世界最大のM&Aとされている。

報道によると、日本では、1985年以降、国内において敵対的TOBが成功したのは、2000年にドイツの製薬大手であるベーリンガーインゲルハイムがエスエス製薬の筆頭株主になった事例など数件に限られている。

敵対的TOBが日本でも根付く可能性はあるか

今後、企業価値向上の手段として、敵対的TOBが根付く可能性はありますか。

これまでわが国では、投資ファンドは、資金を集める際に敵対的買収をしないことを約束して出資者から資金を集めることが多かったといわれている。また、資金力によって現経営陣を交代させて会社を支配するという敵対的なTOBを受け入れる土壌も育っていなかった。これは、資本の論理より、業界の秩序維持や波風を立てることを嫌う企業風土が優先されることが多いことによるものとされている。

しかし、スチュワードシップ・コードの導入により状況が変わったことが重要である。同コードに署名した機関投資家は、経済的合理性に従った行動をとる必要があるから、敵対的TOBであっても、高いプレミアムを付けたものであれば、株式の売却に応じざるを得なくなることが増えるからである。
そのため、いまだ時間を要するとは思われるものの、今後、日本でも敵対的TOBの手法が受け入れられ、M&Aの一手法として根付く可能性は十分にある。

防衛側の企業にとって、敵対的TOBを仕掛けられないためにできることはありますか。

敵対的買収者から狙われやすい会社は、会社の資産価値に比べて時価総額が割安である会社、すなわち過剰な現預金を保有したり、株式・土地等に含み益があったりするなどといった会社や、経営陣に対立があるため支配権の獲得が比較的容易と見られる会社などである。

敵対的TOBを仕掛けられないための対策としては、いわゆる買収防衛策を導入し、事前に自社株式を買い取る際のルールとして、株式の大規模取得を希望する者の情報公開の義務付けや、企業価値を毀損する買収に対する新株予約権の発行等の方策を定め、これを公開しておくことで、買収を牽制することも考えられる。しかしながら、昨今の機関投資家の買収防衛策に対する厳しい態度からすれば、その手段によることは難しい会社もあるであろう。
そのため、経営陣が一丸となって継続的に企業価値の向上を図り、株主から期待され、支持される会社になることによって、敵対的TOBを防ぐことが現実的で有力な方法の一つであるように思われる。

また、投資家に、こうした企業価値向上に資する経営戦略・経営計画をすすめていることや株主への還元に力をいれていることを十分に説明するIR活動も大切である。それにより、株主は現経営陣の継続が自らの利益のために必要であると理解し、新たな買収者が現れても現経営陣を支持するからである。

伊藤忠がデサントに敵対的TOBを行った理由

伊藤忠は、なぜデサントに対して敵対的TOBを行ったのでしょうか。

伊藤忠が2019年1月に公表した「株式会社デサント株式(略)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」によれば、デサントの成長戦略および施策について伊藤忠とデサント経営陣が建設的に協議を行える関係ではなくなっていたとのことである。
すなわち、伊藤忠によれば、デサント経営陣は、昨年8月の取締役会に際して伊藤忠から派遣された取締役に対して、ワコールとの包括的業務提携契約などの情報を事前に渡さなかったのみか、伊藤忠からの議論の要求に対しても応じなかったとのことである。しかも、昨年11月にはデサント経営陣が伊藤忠に対して唐突にMBOを切り出したとされている。

そのため、伊藤忠は、デサントの企業価値をさらに向上させるためには、伊藤忠とデサントとの資本関係を強化し、経営体制の見直し等を行うことにより、伊藤忠とデサント経営陣が建設的な協議を行える関係を構築することが急務だったとして敵対的TOBに踏み切ったのである。
これらが事実であれば、デサント経営陣は伊藤忠と十分なコミュニケーション・対話をしてこなかったように思われ、このことが根本的な原因となって敵対的買収に到ったと考えられる。経営陣が株主との対話を拒絶すれば、株主の強硬手段を招くことがあるということになろう。

状況改善のために、敵対的TOB以外の手段はなかったのでしょうか。

これまでの経緯を踏まえると、伊藤忠は、TOBまでに色々と手段を講じていたように思われる。
すなわち、伊藤忠は、1964年頃からデサントと業務提携をし、1984年と1988年には経営難に陥ったデサントを支援している。また、伊藤忠は1980年代以降、デサントの筆頭株主になり、1985年から2013年6月までの間には伊藤忠の出身者にデサントの代表取締役を務めさせるなどしていた。また、デサントの創業者の三代目である石本 雅敏氏がデサントの代表取締役に就任した2013年6月以降も、伊藤忠はデサントに取締役を派遣していたという事実がある。

このような経緯を経て、伊藤忠は、デサント経営陣に対して事業戦略に関する問題提起や方針の見直し等の検討・実施を要請してきたが、デサント経営陣には真摯に検討する姿勢が見られなかったとのことである。そのため、伊藤忠は、デサント経営陣による真摯な対応を期待して、昨年7月頃からデサントの株式を買い増したが、デサント経営陣は、伊藤忠の指摘に対する明確な回答を示さず、前述したように、昨年8月、伊藤忠派遣の非常勤取締役に何の連絡・説明をすることもなく、緊急動議としてワコールとの包括的業務提携契約を取締役会に付議したとのことである。

伊藤忠のデサントに対する敵対的TOBをめぐる主なできごと

時期 できごと
2018年8月30日 デサントの取締役会に、ワコールとの包括的業務提携契約の締結に関する議題が緊急動議として付議される
(その際、伊藤忠商事から派遣されている非常勤の取締役に事前の連絡・説明はなかった)
2018年10月15日 伊藤忠がデサント株の保有比率を約30%まで高めたとする大量保有報告書を近畿財務局に提出
2019年1月31日 伊藤忠、デサントに対するTOB実施を発表
2019年2月7日 デサントが取締役会を開き、TOBへの反対を表明、敵対的TOBに
2019年2月28日 伊藤忠、TOB期間中のデサントとの話し合いを打ち切り、TOB終了後にデサントの経営陣と改めて対話する方針を決定
2019年3月14日 TOB成立

こうした伊藤忠の説明を前提とするかぎり、伊藤忠は、デサントに対して敵対的TOB以前にすでに種々の手段を講じてきたように見える。それにもかかわらず、デサント経営陣は伊藤忠との十分なコミュニケーション・対話を行わなかったどころか、ついにはMBOを切り出したというのであるから、伊藤忠が敵対的TOBを仕掛けたことはやむを得ないことであったように思われる。

今後の経営に与える影響、注目するべき点は

今回のケースについて評価できる点・問題点を教えてください。

特筆すべきは、伊藤忠がデサント株式を10%だけ買い増してその議決権保有割合を40%にすることにより、デサントに対する大きな影響力を獲得したと評されている点である。敵対的TOBとしては変則的であるが、成功した以上、日本では敵対的TOBは成立しないと考えてきた経営者に緊張感を持たせるはずである。
しかし、この手法は、デサントの少数株主の利益を害する可能性がある点を見逃してはならない。

前提として、わが国では、TOBにおいて買い付ける株式数に上限を定めることで、上限を超える株式の買付けを行わないことが可能であるといった法制がある。伊藤忠は、本件のTOBについて上限を40%に設定したことから、当然に他の株主(それも伊藤忠よりも少数の株式を保有する株主)が残ることになったが、仮に当該TOBの結果として伊藤忠がデサントに対して大きな影響力を有することになれば、他の株主は、意図せずして大株主(伊藤忠)との間に利益相反が生じ得る親子上場と類似の状況に置かれてしまったことになる。たとえば親会社と子会社が直接取引を行う場合、親会社(支配株主)に有利な内容の取引がなされ、子会社の少数株主の利益が害されるおそれがある。

少数株主をこのような状況に置くにあたっては、他の株主に対してデサントから退出する機会を与えるべきであったという議論には一定の説得力があるようにも思われる。
ここで問題となるのは、後述の社外取締役の実質である。もし実質を欠くという事態になれば、少数株主に売却の機会を与えなかった伊藤忠の今回のTOBは、少数株主の軽視という点で問題ありということになろう。これは、実は伊藤忠自身のコーポレート・ガバナンスの問題にもなり得る。

デサントの役員陣が刷新されることとなりますが、今後の経営にはどのような配慮が求められますか。

今回のTOBに際しては、デサントの国内従業員の9割弱がTOBに反対したという事実がある。経営陣が刷新されることや組織が変化することにより不安を抱いている従業員もいるであろう。デサントの新経営陣は、今後の経営において、全従業員が同じ方向を向くことができるよう配慮をすることが必要である。

今年6月の株主総会後の新たな取締役の構成は、デサント出身者、伊藤忠出身者、社外取締役がそれぞれ2人ずつといった構成になる予定とのことである。
この社外取締役には投資ファンドインテグラル代表の佐山展生氏とネスレ日本社長兼CEOの高岡浩三氏が就任するとのことであり、経営経験のある人物を社外取締役とすることで公正な経営を担保するよう配慮したともいわれている。

しかし、重要なことは、社外取締役が存在するがゆえに、取締役会が経営陣も大株主も直接にはコントロールできない実質を有するか否かであり、社外取締役がその役割を担う実質を備えているか否かである。社外取締役への司法による規律付けが少ないといわれる日本で、果たしてどう展開していくのか。中立な立場である社外取締役の支持を得られない側は会社を動かすことができないという実態になるのか否か。

このように今回の伊藤忠のTOBは、少数株主保護に配慮することが前提とされているように思われることから、真に少数株主にも配慮したガバナンスの確立に成功すればガバナンス革命と呼ばれるに値するものとなる可能性を秘めている。

国内の大企業同士ではじめて「成立」した敵対的TOBは、実は中立の取締役の存在を前提とする、異例のガバナンス体制による「成功」となるのかどうか。社外取締役の実質という観点から今後のデサントの動きに注目したい。

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