「電子契約元年プロジェクト」発起人が語る、電子契約の現在地 - JIPDEC 大泰司 章氏

IT・情報セキュリティ

目次

  1. 社会インフラを変えたい想いでITの営業からJIPDECへ
  2. すべての取引文書の電子化を目指した「電子契約元年プロジェクト」
  3. 取引文書以外の全文書の電子化を進めたい

ここ数年で急激に広まってきた電子契約。しかし、日本の商慣習において当たり前に行われてきた「紙とハンコ」文化は根強く、まだまだ課題も多く残されています。

一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)インターネットトラストセンター 企画室長 大泰司 章氏は、2000年代前半から電子署名の普及に携わり、現在はすべての取引文書の電子化を目指すプロジェクトを中心となって進めています。電子契約の拡大を目指す根底にある原体験と、これからのビジョンについて伺いました。

社会インフラを変えたい想いでITの営業からJIPDECへ

JIPDECとはどんな団体ですか。

プライバシーマーク制度の運用や情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)適合性評価制度などがよく知られているのではないでしょうか。ネットワークで電子的に取引ができるオンライン完結社会を実現するためには、インターネット上の情報の信頼性を確保することが重要です。JIPDECでは、取引の電子化に必要となる電子署名等のなりすまし対策や、クラウドサービスの評価、法人情報の基盤づくりに取り組んでいます。

私は2014年から、すべての取引文書の電子化を目指して「電子契約元年プロジェクト(取引革命)」を進めています。

JIPDEC 事業案内

JIPDECは個人情報保護の推進やインターネット上の情報の信頼性確保など、幅広い事業を展開する

大泰司さんはJIPDECヘ参画される前はどのようなキャリアを歩んできたのですか。

新卒で三菱電機に入社し、官公庁向けの営業部隊の最前線に配属されました。1992年当時は、まだ1人に1台パソコンがあるような時代ではなく、現場には手書きの書類がたくさんあるような状況でした。学生時代にコンピュータを利用していた経験があったことから、先輩からワープロやエクセルを使った見積書や契約書の作成などを任されることが多かったです。

業務自体が珍しかったので、最初は担当するのがうれしくて、まるで書類作成マシンのようにいろいろな書類を作りました。ところが業務を進めていくうちに、無駄な書類や意味のない業務プロセスが大量にあることに気付き、それをなくすことができないかと考えるようになりました。ちょうどその頃、三菱電機がジャパンネット(現:三菱電機インフォメーションネットワーク)という認証局の会社を立ち上げました。e-Japan戦略 1 として電子署名法が施行されるなど、電子化や電子申請に向けた取り組みが活発になっていた2001年頃のことです。

そこで私はジャパンネットの業務を兼務しました。また、通商産業省(当時)の日本初の電子申請システムや、自治体が共同利用する電子申請システムを担当するなど、電子証明書の事業に関わるようになりました。AdobeのPDF仕様がISO標準になっていない頃に、PDFを使うよう役所に提案して、「一米国企業のフォーマットを使うとはけしからん」と怒られたこともあります。

昔から電子証明書の事業に関わられていたのですね。

PDFに電子署名できる製品の営業なども行っていました。「PDFが何であるかも知られていないので、電子署名などはもっと理解してもらうのが難しいだろう。きっと赤いハンコの印影をつける機能が必要だ」と考え、製品のデモや説明資料に、赤いハンコのイメージを貼り付けました。
専門家の先生方には「このようなことをするからハンコが無くならないんだ。印影には意味がない」とちょっとした笑いが取れました。たしかに技術的にはそうですが、お客さまからは好評で「赤い印影がないと、契約した気がしない」という意見もありました。

当時はPDFに電子署名というのは傑作だと思い、数年のうちに広まってすべての紙とハンコを置き換えることができる、社内文書も取引文書も電子化できるはず、と考えていました。しかし、電子証明書の取り扱いは面倒で値段も高かったり、クラウドや回線の状況、スマートフォン、モバイルなどのインフラが整っていなかったりと、時代よりも早すぎたのか、すぐには広まりませんでした。

その後、しばらく介護保険や自治体のシステムの仕事をしていました。日本電子計算(JIP)に転職もしました。ところが、10数年たっても取引文書の電子化、特にハンコが必要な契約書の電子化はほとんど進みませんでしたね。定型の受発注については、業界ごとのEDI(Electronic Data Interchange)になったり、大企業の購買部門がWeb-EDIを始めたりしましたが、相変わらず紙にハンコで契約をしているわけです。

社内の書類については電子化が進み、業務プロセスの改善も進んできていると思いますが、現場ではなかなか取引慣行が変わりません。せっかく電子文書で書類作成できるようになったり、自動処理ができるようになったりしているのに、最後は紙にハンコを押して届ける必要がありました。特に自分は売り手側でしたから、買い手に対して取引のやり方を変えるように要求することは到底できることではなかったですね。

そうした想いがJIPDECへの参画につながっているのでしょうか。

そうですね。JIPDECには、三菱電機時代の先輩に「認証局を立ち上げるので手伝ってほしい」と声をかけられ参画しました。
電子署名や認証局には以前から携わっていたので知見のある分野でしたし、企業の営業という立場より団体のほうが社会インフラを変えられる可能性があると考え、誘いに乗ることにしました。今は、売り手と買い手の仲介をしつつ、電子化や効率化を呼びかけやすい立場から活動できているように思います。

また、いきなり電子契約から入った人と比べると、紙文書を大量に取り扱っていた経験があるので、紙の大変さが直感的に分かることも、今になっては業務に活きていますね。

一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC) 大泰司 章氏

一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)インターネットトラストセンター 企画室長 大泰司 章氏

すべての取引文書の電子化を目指した「電子契約元年プロジェクト」

大泰司さんがJIPDECで携わっているプロジェクトについて教えてください。

2014年から始めた「電子契約元年プロジェクト(取引革命)」では、すべての取引文書の電子化を目指した取り組みを進めています。同年のCEATECで、当時電子契約サービスを始めていた数社を集めたブースを出展したのですが、その打ち上げで、「今年は電子契約元年です」とたまたま言ってしまったのが立ち上げのきっかけでした。

当初は、企業をまわっても、「電子契約って何?」「本当にやっていいの?」と言われ続け、法務部や経理部の担当者が出てきては「当面は様子見」と返されることが多かったですが、徐々にB to Bの購買部主導での導入が進むようになりました。



2016年になると、「いつまで電子契約元年なんだ?」という指摘を受けました。「今年は電子契約元年3年。『電子契約元年』までが元号だ」と言い張っていましたが、さすがにもう賞味期限切れかと感じ、それ以降は「取引革命」と呼ぶことにしました。

日本住宅ローン様がフラット35の電子契約を始めたことがきっかけとなり、それまで様子見だった金融機関が一斉に動き出したのは、2016年夏のことでした。B to Cの領域では画期的な出来事で、それからというもの、電子契約案件への対応に追われている毎日です。

JIPDEC「電子契約元年プロジェクト」の対象分野

「電子契約元年プロジェクト(取引革命)」では企業規模や業務内容に関わらず電子契約の普及を目指している

JIPDECインターネットトラストセンターでは、どういったサービスを提供されているのですか。

現在提供しているサービスは、主に以下の3つです。

1. 電子証明書(JCAN証明書)の発行

電子契約ではハンコの代わりに電子証明書を使います。「JCAN証明書」は、インターネット上の企業内個人の電子証明書であり、所属する組織や役職などを証明することができます。
電子証明書発行時の本人確認を取引現場でできたり、電子契約サービスのクラウド上に電子証明書を発行したり等、電子契約サービスで使いやすいような機能を整備しています。

2. 「JCANトラステッド・サービス登録」

JCANトラステッド・サービス登録」は、電子契約サービス等の信頼性を示すために、ある一定の基準に適合するクラウドサービスを対外的にわかりやすい形で登録する仕組みです。
また、自社で電子証明書を発行する認証局を持ちたいというニーズに応えるため、JIPDECで認証局の審査、登録も行っています。みずほ銀行様の法人融資契約で使われる認証局が登録第一号です。
今後は登録対象サービスを拡大し、なりすましメール対策やなりすましWebサイト対策、オンラインストレージ等についても、審査・登録を進めていきたいと思っています。

3.「サイバー法人台帳ROBINS」の運営

サイバー法人台帳ROBINS」は、サイバー空間における信頼性の高い企業情報を「誰でも」「いつでも」「どこでも」「簡単に」見ることができるデータベースです。国税庁が発番している法人番号等の法人基本3情報や金融庁のEDINET等、インターネット上に散在しているオープンデータを収集し掲載しています。そのほか、JIPDECで持っているプライバシーマーク付与事業者や電子商取引(EDI)で用いる標準企業コード、さらに東京商工リサーチ(TSR)やネットビジネスサポート(NBS)によるデータ等を提供しています。

「取引革命」について、大泰司さん自身の体感値で現状の進捗率はどれくらいだとお考えですか。

全体の1パーセントくらいでしょうか。まだまだ先は長いですが、様々なところで芽は出ていると感じています。
昨今働き方改革が進められるなかで、ばかばかしい書類作りや意味のないやりとりに対して、はっきりと「無駄だ」と言える空気が醸成されつつあります。電子化によって、いつでもどこでも働くことができ、自由で多様な働き方が実現します。電子化は働き方革命の基盤インフラになりえるのです。

紙の取り扱いや働き方で、昔は非常に苦労しました。売り手が非常に多く競争が激しかったので、顧客から声を掛けてもらったのを断るということはめったにありませんでした。私自身は断って、先輩から怒られていましたが(笑)。
もうそんな時代ではありませんし、今の若い人たちに同じような苦労はさせたくありません。まだ変わっていない取引上の慣習をどんどん変えていかなければいけないと思っています。

取引文書の電子化・取引慣行の改革にあたって重要なことは何でしょうか。

電子化といえば情報セキュリティへの配慮が必要です。情報セキュリティというと、自社の守りを固めるということで、ものすごい投資をして対策するというイメージをお持ちの方も多いかもしれません。情報セキュリティに関しては、JIPDECでもISMS等の取り組みを行っていますが、私は取引の電子化という意味では、「トラスト」という分野に注目しています。

情報セキュリティが「自分を守ること」であるのに対し、トラストとは「相手のために、自分が自分であると名乗ること、それが簡単に確実に確認できること」を指します。電子契約においては、電子署名がその役割を果たします。Webサイトであれば常時SSL、メールでいうと送信ドメイン認証やS/MIMEの電子署名です。
情報セキュリティ対策に比べると、わずかな費用で簡単にできることですが、取引相手のためにすることなので、自社の直接的なメリットにはならず、放置されがちですよね。

できればこうしたことを、情報セキュリティの一分野というよりは、最低限のマナーや商習慣というレベルにしたいと考えています。「情けは人のためならず」といいますが、なりすましを簡単に見破ることができれば、情報セキュリティ全体にかけるコストを社会全体で減らすことが可能となり、結果的に自社のためにもなります。

インターネットトラストセンターでは、1通目のメールで、zipで暗号化したパスワード付きのファイルを送付した後、2通目にパスワードを別送するような悪習慣を無くそうということで、電子署名と暗号化が可能となる「S/MIME」を推進しています。その啓発のために、Ziploc® 2 (ジップロック)のJIPDEC(ジプデック)版パッケージも製作しました。以前当法人名について「Ziploc®でしたっけ?」と冗談交じりに訊かれたことがあったので(笑)。
さらに言うと、取引文書等をメールに添付して送ること自体をやめてしまって、オンラインストレージやグループウェア、電子契約サービスを使うのがおすすめですよ。

(ジップロック)と響きが似ていることから作られたJIPDEC版パッケージ

Ziploc®(ジップロック)と響きが似ていることから作られたJIPDEC版パッケージ

取引文書以外の全文書の電子化を進めたい

今後はどのような取り組みを進めていこうとお考えですか。

電子契約はここ数年で急激に広まってきましたが、いろいろと課題も出ています。たとえばB to B領域においては、購買側主導で電子契約サービスが導入され、販売側はそこに参加するという形になることが多いのですが、この場合、1つの電子契約サービスを使えばよい購買側に対し、販売側は、顧客もとい購買側ごとに電子契約サービスを使い分ける必要があります。

この問題は、古くはEDIの時代から多画面問題として知られていましたが、電子契約も普及期に入り表面化したといえます。電子契約サービスを提供している各社とTTX(Trusted Transaction eXchange)コンソーシアムを作り、解決策の検討をはじめているところです。

TTXでは、ID連携ができるようにして販売側がいくつもIDとパスワードを使わなくてよいようにしたり、電子契約サービス間でデータ連携や取引文書をやり取りできるようにしたりという取り組みを進めていく予定です。その他、販売、購買、会計等の基幹システムとの連携も現在は都度カスタマイズを行っている状況ですが、共通化できないものかと頭をひねっています。電子署名の検証環境の共通化やわかりやすい表示についても検討しています。

JIPDEC 他システムとのAPI共通化

TTXコンソーシアムで検討を進めている他システムとのAPI共通化

他に検討されている取り組みはありますか。

取引文書について「紙にハンコ」をやめて「PDFに電子署名」ということで電子契約を進めてきましたが、実際には取引文書以外の文書もたくさんあります。業者登録の提出や変更などは、顧客が多い場合には大変な作業になります。
また、情報セキュリティや個人情報の取扱いに関するチェックリストも業界によっては分量が多く、営業だけでは手に負えなかったりします。最近では、ESG調達 3 も盛んになってきており、取引に必要な文書や情報のやりとりはますます増えていく傾向にあります。

これらを電子的に行うことで、どこかに情報を置いておけば購買側が自動的に入手する仕組みを作り、添付書類のたぐいをすべてなくしたいと考えています。「添付の杜」と名付けたこの構想に、賛同いただける購買側の方々を募っているところです。

JIPDEC 添付の杜構想(添付書類・データの削減)

添付書類や入力データの削減等のメリットがある「添付の杜」構想

これからのJIPDECの展望について教えてください。

不合理な習慣や非効率な取引慣行をなくしていくことで、売り手も買い手も本質的な業務に専念できるようにする——少子高齢化、人手不足のなかでビジネスを拡大させていくためには、こうしたことの実現が不可欠です。
ただし取引には必ず相手がいますから、販売側と購買側が集まり歩み寄らなければなりません。そのような場を提供するのがJIPDECの役割です。電子契約サービスをはじめとするクラウドサービスを提供している企業と一緒になって進めていきたいですね。

一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC) 大泰司 章氏

(文:周藤 瞳美、取材・構成・編集:村上 未萌、写真撮影:BUSINESS LAWYERS編集部)

プロフィール

大泰司 章(おおたいし・あきら)
一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)
インターネットトラストセンター 企画室長
1992年より三菱電機株式会社、2003年より日本電子計算株式会社(JIP)にて、官公庁・自治体向けIT営業に携わる。2013年より一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)に参画。営業現場で長年にわたって大量の紙の契約書等取引文書と格闘し、社会インフラを変える必要性を痛感、2014年に電子契約元年プロジェクトを立ち上げ。取引文書電子化にとどまらず、業務や取引慣行の改革を推進し、それによる真の働き方改革を目指している。

  1. e-Japan戦略とは、すべての国民が情報通信技術(IT)を積極的に活用し、かつその恩恵を最大限に享受できる知識創発型社会の実現に向けて、超高速インターネット網の整備とインターネット常時接続の早期実現、電子商取引ルールの整備、電子政府の実現、新時代に向けた人材育成等を通じて、市場原理に基づき民間が最大限に活力を発揮できる環境を整備し、日本が5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す戦略のこと(首相官邸「e-Japan戦略」(2001年1月22日)) ↩︎

  2. 「Ziploc」「ジップロック」は旭化成ホームプロダクツの登録商標です。 ↩︎

  3. ESG調達とは、企業が持続的成長を目指すうえで重視すべき環境や社会、企業統治に取り組んでいる企業・団体を調達先として選定すること。 ↩︎

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