社会の変革とテクノロジーの進歩は法務業務をどう変えるかPR 「Legal Innovation Conference〜イノベーションで切り開く法務の未来〜」講演レポート
法務部
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グローバル化やテクノロジーの進化、データの利活用によってビジネスのあり方が大きく変わろうとしている。もちろん法務の分野も例外ではない。法務もまた、これまでと違った新しい役割や働き方の見直しが求められていくだろう。
こうした背景を受け、BUSINESS LAWYERSは12月5日、法務に変革を与えるテクノロジーの最新動向を紹介するとともに、イノベーションによって変わりゆく法務の未来像について考えるイベント「Legal Innovation Conference 〜イノベーションで切り開く法務の未来〜」を東京・神保町で開催した。
当日は、企業の法務担当者、および法務に関わるテクノロジーに詳しい専門家5名が登壇。また法務部門の業務を助けるサービスを扱う企業6社がブース出展を行なった。本稿では、当日の模様を紹介する。
変革期におけるコンプライアンスと企業法務の役割
ディスラプション(破壊)とイノベーション(革新)が起こっている変革期ともいえる昨今。大企業は、最先端のテクノロジーを活用したスタートアップのようなイノベーターたちが活躍する状況にどのよう対応していけるだろうか。また変化の激しい時代において、企業のコンプライアンスはどうあるべきなのだろうか。森・濱田松本法律事務所 パートナー 増島 雅和弁護士は、変革期におけるコンプライアンスと企業法務の役割について説明した。
大企業を中心とした日本企業のコンプライアンスは、現場に対してブレーキをかける"静的"なコンプライアンスだとする増島氏。これがイノベーション創出に対しては大きな障害になっていくという。スタートアップの戦略の中核は、競争の土台をずらし、ルール変更を勝ち取ることだ。特に、アメリカ西海岸のスタートアップにとって「コンプライアンス」とはリスクマネジメントの一環であり、彼らが社会から求められているのは、時代遅れになったルールを問い直し、これを更新していくダイナミックで戦略的な活動である。
「スタートアップに求められるのは技術によって可能になった新しい世界に適応していくことです。コンプライアンスの本質は社会がその事業体に対して期待することに応えること。イノベーターであるスタートアップのミッションは、そのような社会の期待に応えて自らのプロダクトを通してルールを更新していくことであり、それこそがコンプライアンスです」(増島氏)
既存のルールが存在する中で、ルールを更新していくというミッションを達成するためには、自ずと戦略的な動きが必要になる。スタートアップがしばしば用いる戦略的な手法のキーワードは「民主化」。プロダクトがなるべく多くの人に用いられるようにすることで、プロダクトの支持者を増やしていく。そのプロダクトの現行法上の取扱いが明確でない場合、支持者が多いということは、民主主義の論理から言えば、そのプロダクトが適法として扱われるように法律の方を変えるべきであるということになる。自らを失敗をいとわないイノベーティブな企業と自己定義していない限り、同様の動きを伝統的企業に求めるのは難しい。そのため、伝統的企業はスタートアップとの協業の枠組みを通じて、築いていた信頼に基づくサービスとは異なる「出島」を作る。この「出島」は、失敗を恐れずに革新的なことを行うイニシアチブとして社会にマーケティングすることができるため、スタートアップと似た形での動的なコンプライアンスを実践できる。オープンイノベーション戦略の法務的な意味はここにある。
顧客基盤やトラックレコードといったリソースを持つ伝統的企業がイノベーションの推進、新規ビジネスの創出を求めてスタートアップと組む場合、法律が想定していない事業に対しては、規制当局に事前に確認することで、コンプライアンスリスクを転嫁することを考えがちである。しかし、法律が想定していないものに対してどのように法律が適用されるかなど、一介の官僚に分かるはずもない。それを解決するのは司法か、またはルール自体を書き換える権限を持つ立法のいずれかだからだ。権限のないものを押し付けられたかわいそうな当局担当者は、法が想定していない以上は「適法ではない可能性がある」と回答するほかない。この当たり前の回答を聞いて、伝統的企業によるイノベーティブな事案の検討は止まってしまう。
このように、伝統的企業、規制当局の構造的な問題によってイノベーションにつながる重要なトライアンドエラーができない状況がこの国の競争力を大きく削いでいる。この状況を打破するため、革新的な技術やビジネスモデルの実用化の可能性を検証し、規制制度の見直しに繋げる「規制のサンドボックス制度」が、日本政府による成長戦略の一環として2018年6月より導入された。
増島氏は同制度について「『試行錯誤のなかから出てくる失敗=うまく行かない方法』をたくさん開発するためにサンドボックス制度があります。この制度を活用すれば、成功モデルが生まれる可能性を高めていけるのです」としたうえで、「法務部門がこうした取り組みをどう支えていくか考えてみてほしい」と会場に呼びかけた。
法務・コンプライアンス機能へのテクノロジー導入の勘所、注意点
続いて、KPMGコンサルティングのシニアマネジャーである水戸 貴之氏は、法務・コンプライアンス機能へのテクノロジー導入に向けた勘所、注意点について説明した。
近年、規制対応や法律関連業務へのテクノロジー導入の文脈で「RegTech」「LegalTech」といった言葉が用いられる例が増えてきているが、なかなか有効にテクノロジーを活用できていない企業も多いだろう。こうした状況について水戸氏は「テクノロジー導入が進められない主な要因は、テクノロジーやツール先行で検討が進められていることにあります。対応すべきリスクの確認、業務の棚卸しや再設計、データ管理の現状把握などが不十分な状態で検討を進めてしまうことによってプロジェクトが頓挫してしまうのです」と、テクノロジーありきで導入の検討を進めてしまうことに対して警鐘を鳴らした。加えて、テクノロジー導入にあたって課題になるのがデータ品質だという。
「データや情報の管理・整理ができていない状態だと、テクノロジー導入で期待する効果を享受することは難しくなります」(水戸氏)
業務の全体像を十分に把握したうえでテクノロジーの導入を考えなければ、効果的なコンプライアンス・法務機能の実現は難しい。水戸氏は、全体最適のあるべき姿を描いた状態からテクノロジー導入を検討すること、そして、量的・質的に充実したデータの確保を進めることの重要性を訴えた。
日本マイクロソフトにおける法務業務効率化の事例
日本マイクロソフトでは、自社製品を組み合わせることで法務業務を効率化する取り組みを進めている。同社 政策渉外・法務本部 中島 麻里弁護士は、同社内で進められている業務効率化とテクノロジー活用の事例を紹介した。
法務業務の効率化にあたっては、まずプロセスの見直しを行い、社内の法務部門がやるべきことを明確にしたという。現在は、定型的な法務業務は社内Webサイトを活用して現場の社員が自ら行えるようにし、また外部委託可能な案件は外部弁護士へ依頼している。その結果、社内の法務部門はクラウド、AIやデータ保護などの複雑な案件、専門に特化した案件など、会社としてどのようなリスクをとりどのような方向性に行くのか、社内の人間にしか判断ができない案件に集中して取り組めるような体制を構築している。
契約関連業務については、ビジネス部門向けに「契約セルフサービスポータル」サイトを開設した。同サイトにはチャットボットが搭載されており、契約書のテンプレートや締結済み契約などを簡単に検索することが可能。NDAの作成などもビジネス部門の社員が自ら行えるようになっている。社内への周知徹底が課題だというが、契約書の数が多いマイクロソフトにおいては、同サイトによって定型契約の多くが処理できるようになったという。
テクノロジー活用を実践してみた立場として中島氏は、「法務部門で積極的にテクノロジーを活用するためには、まずはトライアルで何かを使ってみて、テクノロジーの便利さを実感することが重要です。法務部門が企業の未来に貢献していくために、テクノロジーでなにができるのか前向きに考えていってほしいと思います」とメッセージを送っていた。
AIによる文書チェックや契約書管理で業務に変革を
近年注目を集めている人工知能(AI)について「知のデジタル化と活用の起爆剤であり、原動力」と説明したのは、日本アイ・ビー・エム パートナー(理事) グローバル・ビジネス・サービス事業 鈴木 至氏だ。講演では、法務業務におけるAI活用について説明した。
これまでのITを活用する際には知見やノウハウは人の頭脳とルールのなかにあったが、AI時代においては知見やノウハウはデータの中にあるとしたうえで、鈴木氏は「IBM Watson」が人材マッチングのプラットフォームで活用されている事例を紹介した。同プラットフォームでは、求人と求職のマッチングをAIが行うことで、営業のコスト削減に成功しているという。
また社内業務で活用できるAIソリューションとして鈴木氏は、IBMの「Watson Compare & Comply(英語版のみ)」を紹介。Watson Compare & Complyは、準拠すべき文書から内容を学習し、そこで抽出された基準に照らし合わせた社内文書のチェックを支援するもので、金融法規制等の遵守や契約書比較・管理、保険引き受けなど幅広い分野での活用が見込まれている。
LegalTech、RegTechの現在地
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 パートナー 落合 孝文弁護士は、LegalTech、RegTechに関する国内外の取り組みを踏まえ、法務、規制対応におけるテクノロジーの活用について解説した。
RegTechは、煩雑な規制対応の効率化にテクノロジーを利用するものであり、直近では特に金融機関の事業者がマネーロンダリング防止やテロ資金供与対策などの文脈で着目されている。オンライン本人確認などへの活用でも関心を集めている。落合氏によると、秘匿性が高くセンシティブなデータが扱われるため、Regtechの導入を考える事業者は信頼性に重きを置いているという。
一方、近年注目度が高まるLegalTechは、今後M&Aや知財管理、訴訟などでも使われるようになっていくと落合氏は見ている。日本では契約に関わるテクノロジーに着目されがちだが、海外においては、法律事務所の経営から、弁護士業務、BtoCのサービスまで幅広い領域でLegalTech系スタートアップが立ち上がっている。資金調達件数も増え、投資ラウンドも進みつつあることから、LegalTechは今後さらに広がりを見せていくものと考えられると落合氏は語った。
企業ブースではテクノロジーの力で法務を助けるソリューションを紹介
最後にイベント当日のブース展示の様子についてもお届けしたい。KPMGコンサルティングは、ニューズレター「KPMG Insight」を展示していた。会計・財務のイメージが強いKPMGコンサルティングだが、水戸氏の講演にもあったように、法務やコンプライアンスに関するテクノロジーの話題も取り上げるなど、企業経営に役立つ付加価値のある情報を幅広く提供している。
また電子契約サービス「クラウドサイン」もブースを出展。リリース当初はIT企業を中心に普及してきたが、現在ではさまざまな企業が導入を進め、すでに導入企業3万社を突破、電子契約の市場では8割のシェアを獲得している。
BUSINESS LAWYERSがブースで紹介したAI契約書翻訳サービスは、翻訳業務を「いつでも誰でもカンタンに」することをモットーとしたサービスだ。法務分野、契約書などに特化した翻訳精度を誇り、管理部門の業務効率化を支援している。
講演の間に設けられたブースタイムはもちろん、講演終了後も各ブースでは熱心にやりとりする様子が見られ、盛り上がりを見せるなかイベントは終了した。