民法改正(債権法改正)と不動産取引への影響
第6回 建築請負契約の留意点(その2) 報酬請求権
取引・契約・債権回収
シリーズ一覧全11件
はじめに
2017年5月26日に、民法(債権法)の改正法案(以下「改正民法」といいます)が成立し、2020年4月に施行されることになりました。
建築請負契約その他の不動産取引において用いられている契約書は、現行の民法を前提に作成されていますが、改正民法には、現行民法とは大きく異なる規定が多数存在しています。そのため、今後は、現在使用している契約書の各条項について、改正民法でどのように変わるのかを確認したうえで適切に見直すことが必要不可欠となります。
第4回では、『建物建築請負契約に関連する改正の概要』と題して、改正民法で新たに規定された「請負における契約不適合責任」、判例を踏まえて改正、明文化された「請負における仕事未完成の場合の報酬請求権」などの概要について説明しました。
また、第5回では、『建築請負契約の留意点(その1)』として、建築請負契約における契約不適合責任に関する留意点を解説しました。
本稿においては、建築請負契約における請負人の報酬請求権に関する留意点を解説いたします。
請負人の報酬請求権に関して留意すべきポイント
仕事未完成の場合の報酬請求権に関する契約条項
『第4回 建物建築請負契約に関連する改正の概要』で説明したとおり、建築請負契約の対象となる目的物の全体が完成していない場合であっても、
- (a) 注文者の責めに帰することのできない事由で仕事を完成できない場合、
または、
(b) 請負契約が仕事の完成前に解除された場合、 - 仕事の結果(成果物等)が可分(既履行部分と未履行部分とに分けられること)であり、
- 当該成果物(既履行部分)を引き渡すことで注文者が利益を受ける
ときは、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求できることとされました(改正民法634条)。
(1)請負人が支出した費用の取扱いを明確にするためのポイント
『第4回 建物建築請負契約に関連する改正民法の概要』で説明したとおり、本条項(改正民法634条)の対象は「報酬」の請求権であり、建築工事の過程で支出した実費等の「費用」の償還請求権については直接規定されていません。
この点については、法制審議会等において議論はされましたが、以下のように様々な取扱いの考え方が指摘されています。
①報酬とは別途費用を支払う合意をした場合の取扱い(もっとも、解釈に委ねる)
- 請負人は、報酬に含まれていない費用も請求することができる。費用が報酬に含まれていない場合としては、例えば、報酬額と実費とを別に計算して請求することが約定されていた場合が考えられる。請求できる費用の範囲は、既にした仕事に対応する部分である。注文者は既履行部分の給付を受ける限りで利益を得ており、その費用も、既履行部分に対応する限りで注文者に支払わせるのが妥当であると考えられるからである。したがって、請負人が未履行部分の仕事をするためにあらかじめ費用を支出していたとしても、その支払を請求することはできない。
- 当事者が報酬とは別に費用を支払う旨の合意をした場合に、既にした仕事のうち可分かつ注文者が利益を受ける部分に対応する費用を請求することができないと解釈されるおそれがあることから、民法第642条第1項と同様に「報酬及びその中に含まれていない費用」と記載すべきであるとの指摘があった。もっとも、同項における「報酬及びその中に含まれていない費用」の意義は必ずしも明らかではなく、未履行部分について既に支出した費用が含まれるとの解釈もあり得ると考えられる。そうすると、同項により請求し得るものと、この規律によって請求し得るものとは範囲が異なる可能性があることから、同項と同じ文言を用いることは必ずしも適切ではないと思われる。そこで、現在の案を維持し、当事者が報酬とは別に費用を支払う旨の合意をした場合における費用の扱いについては解釈に委ねることとしている。
②費用請求に関する合意がない場合の取扱い(損害賠償請求すればよい)
- 費用は他の規定(同法第641条、第415条など)により損害賠償として請求することができ、素案の規律においては報酬の請求のみを認めれば足りると考えられる。
建築工事の過程で支出した「費用」の扱いについては、改正民法において必ずしも明確でないといえることから、後の紛争を避けるためには、建築工事請負契約等において、請負人が支出した費用の取扱いを明確にしておくことが考えられます。この点は、猿倉健司「不動産業・建築業の債権法改正対応【連載】第4回 建築業(その2)」(ビジネス法務2018年5月号)115頁もご参照ください。
- 請負人が業務の過程で支出した費用の負担・取扱いが明確になっているか?
(2)出来高(注文者が受ける利益の割合)の算定方法を明確にするためのポイント
『第4回 建物建築請負契約に関連する改正民法の概要』で説明したとおり、建築目的物が未完成の場合の報酬請求について、その報酬金額は「注文者が受ける利益の割合に応じて」算定されることとされました(改正民法634条)。
現行民法下における実務でも、建築工事請負契約において、出来高に応じた報酬支払条項が規定されていることもあります。
この点については、法務省民事局が以下のとおり説明しています。
- この額は、これまでの判例法理と同様に算出されることになる。例えば、上記最判昭和56年2月17日は、当初予定された仕事全体のうちのどれだけの割合が既に履行されているかを認定し、その割合を約定報酬額に乗じて報酬額を算出しており、実務的には、このような方法が参考になる。
もっとも、改正民法における条文の文言上は「利益の割合に応じて」と規定するのみであり、実際にどのように当該利益割合を算定するのかについては疑義が生じる可能性があります。
後の紛争を避けるためには、建築請負契約書等において、建築目的物が未完成の場合の報酬請求額の算定方法を明記しておくことも考えられます。
- 目的物が未完成の場合の報酬請求額の算定方法が明確になっているか?
具体的な算定方法の詳細等は、猿倉健司「不動産業・建築業の債権法改正対応【連載】第4回 建築業(その2)」(ビジネス法務2018年5月号)114頁もご参照ください。
報酬請求権の消滅時効に関する契約条項
『第4回 建物建築請負契約に関連する改正民法の概要』で説明したとおり、改正民法においては、「工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権」(現行民法170条2号)についての3年間の短期消滅時効期間が廃止されます。
このような報酬請求権全般については、改正民法166条の消滅時効の規定(主観的起算点から5年間、客観的起算点から10年間)が適用されることになります。
改正民法の規律と異なる消滅時効期間を設定する場合(現行法と同様の規定とする場合も含みます)には、請負契約書等において、その旨の規定を設けることが必要となります。
この場合、一般に時効期間を延長する特約が無効であると考えられているのに対して(民法146条)、時効期間を短縮する合意は有効であると解されています(我妻榮他『我妻・有泉コンメンタール民法-総則・物権・債権-』294頁)。もっとも、当事者間の優劣関係を利用して時効期間を短縮する合意がなされた場合等には公序良俗(民法90条)に反して無効であると判断される可能性もあることから留意が必要です。
- 改正民法の規律と異なる消滅時効期間を設定する場合に、請負契約書等において、その旨の規定が設けられているか?
- 公序良俗に反して無効な特約となっていないか?
さいごに
以上、建築請負契約における請負人の報酬請求権に関する留意点を解説しました。不動産取引においては、賃貸借についても、民法改正によって大きく変わる点が数多くあります。
- 賃貸借の存続期間の伸長
- 不動産賃貸借の対抗力
- 賃借人による妨害停止等の請求権
- 賃貸人の地位の移転(敷金等の承継を含む)
- 賃貸人の修繕義務、賃借人による修繕権
- 賃借人の減収による賃料減額請求権
- 賃借不動産の一部滅失等による賃料の減額
- 賃借不動産の全部滅失等による賃貸借の終了
- 賃貸借終了後の原状回復義務・収去義務
- 敷金返還請求権
- 転貸の効果(賃借人による民泊経営との関係も含む)
- 損害賠償請求権の行使期間制限
- 貸借保証(極度額の設定、情報提供義務等)
- 不動産投資ローン保証(公正証書作成義務等)
次回以降では、不動産賃貸借(賃貸保証を含む)に関する民法改正の内容、および民法改正の不動産賃貸借への影響および留意点(賃貸保証、不動産投資ローン保証を含む)について解説いたします。
また、近時話題になっている“民泊”については、賃借物件を利用して行う民泊も想定されています。これに関連して、“賃借不動産の賃借人が無断で民泊を営んだ場合に賃貸借契約を解除できるのか”、“賃貸借契約解除後の明渡請求訴訟を誰に対してどのように行うのか”といったさまざまな実務的な論点があります。
次回以降、こういった問題についても併せて解説いたします。
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