IR(特定複合観光施設)誘致に関する区域整備計画における要求基準(資金調達の蓋然性)の判断の重要性
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現在、IR(特定複合観光施設)の誘致を進めている各自治体は、特定複合観光施設区域整備法(以下「IR整備法」という)5条1項の規定に基づき2020年12月18日に観光庁より公表された、「特定複合観光施設区域の整備のための基本的な方針(以下、「IR基本方針」という)」に則り、2022年4月28日の申請期日に向け申請準備を進めている佳境にある。大阪府および大阪市 1、和歌山県(和歌山市)2、長崎県(佐世保市)3 の3つの府県等が区域整備計画の認定申請を国土交通大臣にする模様である。
今後、国の審査・認定プロセスに入るにあたり、基本方針で謳われている区域整備計画認定における「要求基準」「評価基準」の中でとりわけ重要であり各自治体において活発な議論が行われ、また今後区域整備計画の認定において重要なポイントとなりうる資金調達の蓋然性について下記の通り検討する。
「要求基準」と「評価基準」(「要求基準」の判断の重要性)
区域整備計画の認定にあたっては、「認定を受けるために適合していなければならない基準」をいう「要求基準」と、「申請のあった区域整備計画が優れたものであるかを公平かつ公正に審査するための基準」をいう「評価基準」の2つの基準が認定の基準として定められている(IR基本方針 第4-7-(1))。
IR基本方針には、要求基準と評価基準について以下の記載がある。
- IR整備法第9条第1項の規定に基づく認定の申請のあった区域整備計画については、まず、要求基準に適合するものかどうかの確認を行い、要求基準に適合しない場合には、認定を行わない。
- 要求基準に適合する場合は、評価基準に従って、審査委員会が評価を行い、その結果を国土交通大臣に報告する。国土交通大臣は、審査委員会の審査の結果に基づき、認定を受けることとなる区域整備計画の数が3を超えない範囲内で、優れた区域整備計画を認定するものとする。
※下線は筆者による。
今回、区域整備計画の認定申請が予定されている都道府県等の数が、区域整備計画の認定の数の上限(IR整備法9条11項7号)と同じ「3」であることに鑑みると、「評価基準」よりも「要求基準」に適合しているか否かがより重要となる 4。
要求基準
基準番号 | 基準内容 |
---|---|
要求基準1 | 1~5号施設に関する政令要件への適合 |
要求基準2 | カジノ施設の数・ゲーミング区域の床面積の合計 |
要求基準3 | IR区域の一体的な管理 |
要求基準4 | IR区域の土地の使用の権原・IR施設の設置根拠についての妥当性 |
要求基準5 | 公平かつ公正な民間事業者の公募及び選定 |
要求基準6 | 地域における合意形成の手続 |
要求基準7 | IR事業者によるコンプライアンスの確保のための体制及び取組 |
要求基準8 | IR事業者の役員及び株主又は出資者についての反社会的勢力の排除 |
要求基準9 | 審査委員会の委員へ不正な働きかけを行っていないこと |
要求基準10 | IR区域と国内外の主要都市との交通の利便性 |
要求基準11 | 一体的かつ継続的なIR事業の実施 |
要求基準12 | 設置運営事業者と施設供用事業者との適切な責任分担及び相互の緊密な連携 |
要求基準13 | IR事業者が会社法に規定する会社で、専ら設置運営事業を行うものであること |
要求基準14 | 設置運営事業者によるIR施設の所有 |
要求基準15 | カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うための措置等 |
要求基準16 | カジノ事業の収益の活用 |
要求基準17 | 認定都道府県等入場料納入金・認定都道府県等納付金の見込額及び使途 |
要求基準18 | IR区域の整備による経済的社会的効果 |
要求基準19 | カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うための必要な施策及び措置 |
評価基準
基準番号 | 基準内容 | 配点 |
---|---|---|
評価基準1 | IR区域全体のコンセプト | 30 |
評価基準2 | IR区域内の建築物のデザイン | 30 |
評価基準3 | IR施設の規模 | 10 |
評価基準4 | ユニバーサルデザイン、環境負荷低減、多文化共生、フェアトレード | 30 |
評価基準5 | 国際会議場施設及び展示等施設の規模 | 20 |
評価基準6 | 国際会議場施設及び展示等施設の種類、機能、外観及び内装の特徴、設置及び運営の方針 | 50 |
評価基準7 | 国際会議場施設及び展示等施設の設置及び運営の方針、業務の実施体制及び実施方法 | 50 |
評価基準8 | 魅力増進施設の種類、機能、規模、外観及び内装の特徴、設置及び運営の方針、業務の実施体制及び実施方法 | 50 |
評価基準9 | 送客施設の種類、機能、規模、外観及び内装の特徴、設置及び運営の方針、業務の実施体制及び実施方法 | 50 |
評価基準10 | 宿泊施設の種類、機能、規模、外観及び内装の特徴、設置及び運営の方針 | 20 |
評価基準11 | 宿泊施設の設置及び運営の方針 | 10 |
評価基準12 | 宿泊施設の業務の実施体制及び実施方法 | 30 |
評価基準13 | その他観光旅客の来訪及び滞在の促進に寄与する施設の施設ごとの種類、機能、規模、外観及び内装の特徴、設置及び運営の方針、業務の実施体制及び実施方法 | 30 |
評価基準14 | カジノ施設の種類、機能、数、規模、配置、外観及び内装の特徴、設置及び運営の方針 | 20 |
評価基準15 | IR区域の交通利便性 | 5 |
評価基準16 | IR区域の整備の推進、滞在型観光の実現に関する施策・措置 | 15 |
評価基準17 | 観光への効果 | 50 |
評価基準18 | 地域経済への効果 | 50 |
評価基準19 | 2030 年の政府の観光戦略の目標達成への貢献 | 50 |
評価基準20 | IR事業者やその構成員が事業を確実に遂行できる能力、役割分担と連携 | 50 |
評価基準21 | 財務の安定性 | 50 |
評価基準22 | 防災及び減災のための取組等 | 50 |
評価基準23 | 地域における十分な合意形成 | 50 |
評価基準24 | カジノ事業の収益の活用 | 50 |
評価基準25 | カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除 | 150 |
合計 | 1000 |
※出所:国土交通省 観光庁「特定複合観光施設区域整備計画に係る様式集」(2021年7月30日)、国土交通省 観光庁「特定複合観光施設区域整備計画の認定申請手続、認定審査に関する基本的事項」(2021年9月30日)
区域整備計画審査における資金調達の蓋然性の位置づけ
「要求基準」のうち、IR事業者の資金調達の蓋然性という項目は要求基準の1つ(以下、「要求基準4」という)として定められている。具体的には、「IR区域の土地の使用の権原をIR事業者が既に有し、又はその権原をIR事業者が取得する見込みが明らかにされ、及びIR施設を設置するために必要となる資金を調達する見込みが明らかにされるなど、IR施設を確実に設置できる根拠について妥当性が認められるものでなければならない。」(IR基本方針 第4-7-(2)-ア-(エ))とされている。
そして、観光庁はIR基本方針で定めた項目を踏まえて、2021年7月30日に「特定複合観光施設区域整備計画に係る認定申請の手引き」を作成し公表している。この中で、「要求基準4」の具体的記載項目として、「① IR区域の土地に関する所有権の取得等の方法及び予定時期」「② 収支計画及び資金計画(IR事業を行うために必要な資金の総額、内訳及び調達方法を含む。)」の2つをあげ、「①・②を踏まえ、IR施設を確実に設置できる根拠についての妥当性に係る説明を記載する」、ことが要求基準4に関しての説明内容として例示されている。
資金調達の蓋然性は②の部分に関係しており、予定キャッシュ・フロー計算書等を添付書類として提出するほか、「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」としてコミットメントレター等の書類の提出が、添付書類の例示としてあげられている。
重要となってくるのは、この「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」を踏まえた収支計画の妥当性である。極端なことをいえば、通常、収支計画等は恣意的に計数等を設定することができ、IR事業者および自治体としては第三者のチェックを経ずとも計画として申請できてしまう。一方で、「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」はこの計画に“客観的”な観点から、IR事業者および自治体が策定した収支計画の妥当性についてお墨付きを与えるものであるといえる。
先に見たとおり、資金調達の蓋然性は要求基準として定められており、これが充足されなければ区域認定の審査を受けることすらできない。すなわち、要求基準として定められている項目の重要性は高く、これが充足されなければIR施設を適切に設置・運営できないことを意味しており、「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」は計画申請を行うIR事業者がIR施設を確実に設置できるかどうか判断するための重要なポイントである 5。
「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」の具体例
それでは、「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」とは具体的にどういった資料を指すのであろうか。地方議会での各自治体の議論や区域整備計画(案)をみると、自己資本(Equity)については中核株主の財務健全性を示す資料ならびに中核株主以外の少数株主の出資に対するコミットを示す資料や関心表明書(またはLetter of Intent “LOI”)の提出が予定されているようである。
また、他人資本(Debt)の調達についてはコミットメントレターや関心表明書(またはLetter of Intent “LOI”)等の金融機関(主に銀行や証券会社)から取得した書面の提出が予定されているようだが、後者の他人資本の調達に関する資料内容が問題となっており、ここでは主にこの点について説明する。
まず、コミットメントレターとは、貸付人が借入人(IRの場合、IR事業者)との正式な融資契約の締結前において、貸付人としての融資の意思を表明するために提示される書面である。コミットメントレターは融資契約締結に関して法的拘束力を有し、融資契約締結の留保条件や貸付人のコミットの期間等を付することが多い。
次に、関心表明書とは、一般的にプロジェクトファイナンス等で詳細な条件が未定の段階で、金融機関が融資提供に対して興味関心があることを示すために提示される書面である。融資契約締結に関して法的拘束力はなく、内容として具体的な条件等が記載されることはあまりなく、興味関心を表明する記載に留まることが多い。
上記のほかに、コミットメントレターや関心表明書以外の名称の書類が提示されるケースがあるが、融資契約締結に関して法的拘束力を有するかどうかが大きな判断要素であり、この点について法的拘束力を有しなければ書面の名称如何を問わず関心表明書と同等の意味合いしか持たない。
書面を提示する金融機関の側からみると、法的拘束力を有するコミットメントレターは、金融機関にとり一定の条件が満たされれば融資実行を前提とした融資契約の締結を確約する内容であるため、その提示には十分な検討・審査が必要であり、正式な融資契約と同程度の機関決定が求められるといわれる。
一方、関心表明書は、金融機関の融資への興味関心を確認するうえで有効な書面といわれるが、融資契約締結と同程度の機関決定は行われないといわれる。また法的拘束力を有するかどうかが、融資契約と同程度の機関決定をとることの分水嶺といわれている。
資金調達の蓋然性の判断にあたって
先に見たとおり、法的拘束力を有するかどうかが融資契約締結と同程度の機関決定が必要となるかの分水嶺といわれ、添付書類として提出された書類が法的拘束力を有するかどうかが、資金調達の確実性を判断する重要な要素となると考えられる。
また、一般的に、金融機関側が関心表明書を出す時点で、金融機関のリスク管理部署・機関において、詳細な融資条件や事業計画の審査を実施していないといわれる。詳細な融資条件が決まらず、金融機関側の機関決定がされていないということは、金融機関内での審査が進む中で様々な条件の変更が必要となる可能性が高い。当該変更によって事業計画にも影響が出た場合、区域整備計画として提出された収支計画、資金計画が変更となる可能性が高い点には留意が必要である。
さらに、詳細の条件が未定であることが多い関心表明書と異なり、コミットメントレターには詳細な留保条件やコミットの期間といった内容が記載されることが多い。留保条件が多く付されることによって、かかる大規模なファイナンスに不慣れな借入人の場合、条件が多いことが資金調達の不確実性につながると受け取りがちだが、条件等の記載の多さは、金融機関が当該融資について検討や審査を詳細に行った裏返しであり、必要な機関決定を経たことの証左と評価できる。
資金調達の蓋然性を判断するうえでは、上記のとおり、金融機関が提出した書面が法的拘束力を有するか、書面を提出した金融機関において機関決定がなされているか、詳細な融資条件が検討されているか、といった点が重要と考えられる。
今後求められる対応
これらの実態を踏まえると、まずIR事業者および自治体は、残りわずかな期間しかないなかではあるが、IR施設の適切な設置・運営の確実性を高めるために、必要に応じてより確実性の高い「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」について、金融機関等に提出を求めるべきであろう。
また、今後区域認定に向けた審査を行う国(国土交通大臣)においては、先に述べた考慮要素を踏まえて資金調達の蓋然性を判断していくことが望ましい。先のとおり、資金調達の蓋然性が低いと、収支計画や資金計画を区域認定後に変更しなければならない可能性が出てくる。公正な審査を行う大前提として、要求基準のうち資金調達の蓋然性はしっかりと検証することが必要であろう。
IR施設は巨額の投資が必要な事業であり、また日本にとって初めての事業であるため、金融機関側は厳しい融資条件を提示することが想定される。そのため、詳細の融資条件が決まっていない段階では審査が十分でないといえ、早急に詳細の条件を固めていくことが必要である。また、先に見たとおり、「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」は金融機関という第三者による客観的な評価資料といえる。かかる資料に詳細な条件が付与されて検討されていることは、客観的な観点から事業計画の確からしさが担保されているといえ、確実なIR施設の設置につながっていくと考えられる。
資金が不十分なまま区域認定がなされた場合、資金不足により建設工事に着手できないことやIR施設が建設中のまま放棄されることも懸念されうる。今後の日本の観光業の中核施設として重要な役割を担っていく日本版IRが健全に発展・成長していくために公正な審査・判断がなされていくことが必要であろう。
(2022年4月21日 追記)
2022年4月20日、和歌山県議会は本会議において、同県が誘致を進めるIRについて、「和歌山県特定複合観光施設区域整備計画(案)」の国への認定申請をする議案を反対多数で否決した(反対22人、賛成18人)。「資金計画が不透明」などとして22人が反対、賛成は18人にとどまった。融資が予定されていた外資系金融機関(クレディ・スイス)から「コミットメントレター」(融資確約書)を取得しておらず、また、投資事業組合を含め出資確約も明確ではなく、「資金計画の蓋然性」が示されていないことが県議会での否決の大きな要因になったようである。
他方、同日、長崎県議会では「九州・長崎IR区域整備計画(案)」が賛成多数で可決された。同計画案においては、融資・出資ともに企業名は明らかにされていないが、「国は(計画が確実にできる)蓋然性を求めており、それは企業名を明かすことではない」と強調し、区域整備計画に添付するコミットメントレター(融資・出資の意思表明書)などを企業から十分取得しており、「蓋然性は示されている」としている6。
(2022年5月9日 追記)
令和4年4月27日、観光庁が大阪府および長崎県の区域整備計画の認定の申請を受け付けたことを公表した7。
同文書には、『今後は、国土交通省に設置された外部有識者からなる審査委員会において、認定申請がされたIR区域整備計画について認定審査を行って参ります。慎重かつ十分な審査を行うことが必要なため、認定の時期は未定となっております。』と記載されている。
IR基本方針においては、「要求基準」については「評価基準」と異なり、「外部有識者からなる審査委員会」の審査を経ないように読めるが、「要求基準」も「評価基準」と同様に審査委員会の審査対象とするのか、あるいは、「要求基準」の審査は「評価基準」の審査の中で同時に審査されることになるのかが注目される。
(2022年5月23日追記)
長崎新聞に掲載された、本テーマに関連する筆者の取材記事もあわせて参照されたい。
長崎新聞「長崎IRの行方 「資金調達 厳正審査を」 - 渡邉雅之氏 区域整備計画審査へ 識者インタビュー<上>」(2022年5月22日)
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大阪府、大阪市、大阪IR株式会社「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の整備に関する計画」(2022年2月16日) ↩︎
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和歌山県「和歌山県特定複合観光施設区域整備計画(案)」(2022年2月18日)
2022年4月20日14:40追記:和歌山県議会は4月20日の本会議にて、IRの整備計画を国に申請する議案について反対多数で否決。このことから、和歌山県による認定申請は行われないものとなる(時事ドットコムニュース「IR計画を否決 和歌山県議会」(2022年4月20日、同日最終確認))。 ↩︎ -
長崎県、カジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン「九州・長崎IR区域整備計画(案)」(2022年3月) ↩︎
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「評価基準」は合計1000点満点中、相対評価で、合計点数において最上位の都道府県等の区域整備計画と合計点において乖離が大きい都道府県等の区域整備計画であったとしても、「要求基準」にすべて適合しているのであれば、3つの都道府県等の区域整備計画しかない中で「優れた区域整備計画」ではないということで区域整備計画の認定をしないというのは困難ではないかと思われる。 ↩︎
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仮に「資金調達の確実性を裏付ける客観的な資料」に基づかない「収支計画及び資金計画」が「要求基準」に適合するとされたとすれば、IR開業後に事業基本計画を含む区域整備計画の変更をしなければならず、都道府県等の議会の議決を経て、改めて国土交通大臣から区域整備計画の変更認定を受けなければならなくなる(IR整備法11条1項、3項、9条8項等)。これでは、IR全体の制度設計として失敗となってしまう。 ↩︎
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長崎新聞「資金調達先不明に疑問も 長崎IR計画審査 佐世保市議会」(2022年4月15日、2022年4月21日最終確認)
日本経済新聞「長崎IR、国に計画申請へ 長崎県議会が承認」(2022年4月20日、2022年4月21日最終確認) ↩︎ -
国土交通省観光庁「特定複合観光施設区域整備計画の申請状況」(2022年4月27日) ↩︎

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