法務が知っておくべき経済安全保障の最新動向と実務
第1回 経済安全保障推進法の影響度と実務対応
国際取引・海外進出 公開 更新
シリーズ一覧全7件
監修:中川淳司 弁護士
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 客員弁護士。(1)①WTO法およびWTO紛争解決に関して豊富な知識と経験を有し、政府のWTOパネル・上級委員会報告書に関する調査研究会の委員を長く務める。WTO法に関する教科書、研究論文を多数執筆。②TPPをはじめとする自由貿易協定・経済連携協定の調査研究、企業への助言の経験が豊富。(2)食品安全規制の国際的な動向についての調査研究を行い、研究書を公刊。(3)欧米の貿易関連規制の動向に関する調査研究、企業への助言の経験が豊富。
経済安全保障推進法とは何か
米中の貿易紛争に加え、新型コロナウイルス感染症の拡大、ロシアによるウクライナ侵攻等を受け、各国で経済安全保障に対する関心がいっそう高まっています。このような状況の中でわが国では、2022年5月11日、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(以下「経済安全保障推進法」といいます)が第208回通常国会で成立しました。
経済安全保障推進法以前にも、輸出管理や対内直接投資規制等、経済安全保障に関わる国の規制は存在しました。それらは、機微技術や安全保障上重要な産業部門等、比較的限定的な対象に向けられていました。これに対して、経済安全保障推進法が対象とする産業・技術分野は広範囲にわたり、事業活動に大きな影響が及びます。
経済安全保障推進法には、以下のような特徴があります。
- 性質の異なる4つの柱(サプライチェーン強靭化、基幹インフラの安全性確保、官民重要技術支援、特許出願の非公開化)から構成され、幅広い業種が対象となる
→影響を受ける事業者の範囲が広範となることが予想される - 設備導入の事前審査制、重要物資供給を担う事業者への公的支援枠組み等が盛り込まれる
→関係事業者への影響が大きいことが予想される
そのため、日本で事業を行う企業においては、自社の事業活動が経済安全保障推進法の適用対象に当たるかどうかを見極め、該当する場合には、経済安全保障推進法が規定する所定の手続をとるかどうかを検討する必要があります。法務・コンプライアンスのほか、経営企画、財務、総務、輸出管理、調達、商品企画、資産管理、知的財産、情報セキュリティ等の各部門で連携し、経済安全保障推進法の内容および事業への影響を把握するとともに、今後の変更や政省令・ガイドライン等による精緻化・具体化をフォローし、法令の施行時に適切な対応ができるよう、検討・準備を順次進めておくことが肝要と考えます。
本稿では、以下の観点から、経済安全保障推進法に関して関係事業者が押さえておくべきポイントを概観します。
- そもそも「経済安全保障」とは?
- 経済安全保障推進法の4つの柱の概要
- 経済安全保障推進法に関する実務上の留意点
経済安全保障推進法をめぐる背景事情
経済安全保障推進法を取り巻く状況
(1)国内の状況
2022年5月11日、経済安全保障推進法が第208回通常国会で成立しました。
岸田内閣は、経済安全保障を「待ったなしの課題であり、新しい資本主義の重要な柱」1 と位置付けています。経済安全保障推進法は、2021年11月下旬に発足した経済安全保障法制に関する有識者会議(以下「有識者会議」といいます)の諮問を受けながら作成されたものです。
(2)国外の状況
新型コロナウイルス感染症の拡大による国際的な半導体・医療物資等の供給逼迫に対して、各国は積極的な動きを見せています 2。
また、ロシアによるウクライナ侵攻は、現代における有事の際のグローバルサプライチェーンへの影響の深刻化、サイバー攻撃に対する防衛策の重要性といった問題をあらためて浮き彫りにしています。
さらに、AIや量子等、安全保障にも影響する技術革新が進む中で、科学技術・イノベーションは国家間の覇権争いの焦点となっています。
こうした状況の下、各国は、産業基盤や基幹インフラの強靭化支援、先端的な重要技術の研究開発、機微技術の流出防止等の施策を推進・強化しています。
「経済安全保障」とは?
経済安全保障とは、安全保障(=国家・国民の安全)の確保のための経済施策と考えられています 3。経済安全保障推進法は、以下の4つの柱から成り立っており、有識者会議では4つの柱それぞれが、昨今の安全保障をめぐる国際事情に対応するための経済施策と位置付けられました 4。
・産業基盤のデジタル化・医療の高度化による半導体、医薬品等の供給逼迫時の影響の甚大化
・新興国の成長、グローバルバリューチェーンの深化による、重要物資の供給逼迫時におけるわが国の供給確保能力の相対的低下
Ⅱ 基幹インフラ機能の安全性・信頼性の確保
・インフラのIT化、複雑化によるサイバー攻撃等による脅威・影響の顕在化
Ⅲ 官民で先端的な重要技術を育成・支援する仕組み
・国家、国民への攻撃手段の高度化・多角化に伴う、各国の先端技術の研究開発の過熱
Ⅳ 特許出願の非公開化等による機微な発明の流出防止
・各国の安全保障上の機微情報に関する流出防止対策の強化の動き
上記の施策を実行するために策定された経済安全保障推進法が、事業者に対して与える影響はおおむね以下のとおりです。
第1の柱では、特定重要物資等の供給者である事業者は、安定供給確保計画を策定し、認定を得て支援措置を受けることができます。
第2の柱では、基幹インフラの事業者は、設備の導入、維持管理等の委託にあたり、計画書を提出して事前審査を受けることが必要となります。
第3の柱では、特定重要技術の研究開発に取り組む事業者に対して、指定基金からの補助金が得られる可能性があります。
第4の柱では、安全保障に関わる特定の技術(核技術、武器技術)の開発に携わる事業者に対して、特許出願の非公開が求められることになります。
第2、第4の柱では、法令遵守の観点からの「守り」の対応が求められます。これに対して、第1、第3の柱では、経済安全保障推進法が提供する新たな支援を活用する「攻め」の対応を検討することが求められます。いずれの場合も高次の経営判断が必要となります。
法律の公布後9か月ないし2年のうちに適用が予定されていますので、その間に制度の詳細を分析し、適切な対処方針を固めることが必要です。
以下では、上記の4つの柱のそれぞれにつき、経済安全保障推進法の概要と、実務上の留意点を解説します。経済安全保障推進法の4つの柱の解説の冒頭には、特に影響の大きいとみられる業種/事業者および施行時期を記載しています。
なお、本稿は2022年5月11日に成立した経済安全保障推進法および政府関係資料をもとに作成されており、今後制度の内容に追加・変更が生じる可能性がある点にご留意ください 5 6 。
経済安全保障推進法の概要
(内閣官房「経済安全保障推進法案の概要」1頁より引用)
特に影響の大きい業種/事業者と施行時期
法によって設けられる制度 | 特に影響の大きい業種/事業者 | 施行時期 |
---|---|---|
1 重要物資の安定的な供給の確保に関する制度 |
ⅰ 特定重要物資等(下記3−2参照)の供給に携わる事業者 ⅱ 上記 ⅰ の事業者から特定重要物資等の供給を受ける事業者 ⅲ 金融機関 |
公布後9か月以内 |
2 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度 |
ⅰ 基幹インフラを運営する企業(下記4−3参照) ⅱ 上記 ⅰ に特定重要設備(下記4−4参照)を提供する企業やこの企業に部品等を提供する企業 ⅲ 委託を受け上記 ⅰ の保有する特定重要設備を管理・維持する企業 |
|
3 先端的な重要技術の開発支援に関する制度 |
ⅰ 特定重要技術に関する研究開発を行う企業、研究機関 ⅱ 特定重要技術に関して知見を有する調査機関 |
公布後9か月以内 |
4 特許出願の非公開に関する制度 |
ⅰ 核技術、武器開発に係る技術につき研究を行う企業 ⅱ 上記 ⅰ の企業から情報提供を受け、またはライセンスを受ける企業 |
公布後2年以内 |
サプライチェーンの強靭化
制度の概要
国民生活やわが国の経済にとって不可欠な物資の安定供給を図るために、国が策定する基本方針に沿って、①対象となる物資の指定、②対象物資の安定供給に資する計画を実施する民間事業者への公的支援、③国による安定供給確保措置等が実施されます。
ⅰ 特定重要物資等(下記3−2参照)の供給に携わる事業者
ⅱ 上記 ⅰ の事業者から特定重要物資等の供給を受ける事業者
ⅲ 金融機関
施行時期
公布後9か月以内
特定重要物資等のサプライチェーン強靭化の概要
特定重要物資等(制度の対象となる物資)
制度の対象となる特定重要物資等については、経済安全保障の要請(上記2−2参照)上安定供給の確保が必要となる物資およびその原材料等が、政令で指定されます(法7条)。特定重要物資等には、物理的な物品のほかに「プログラム」も指定することができます。第2回有識者会議資料 7 によれば、以下の物資等が特定重要物資等として想定されています。
- 半導体
- レアアースを含む重要鉱物
- 大容量電池
- 医薬品
民間事業者への公的支援
認定供給確保事業者(下記3−4(1)参照)への公的支援の主な枠組みは以下のとおりです(法13条1項2号、31条3項各号および42条1項)。
- 国からの補助金による基金を有する法人 8 からの助成金交付・利子補給金の提供・必要な情報の照会制度や、相談業務を通した支援
- 日本政策金融公庫より貸付けを受けた指定金融機関(下記3−4(2)参照)からの事業資金の融資
制度の対象となる民間事業者
(1)認定供給確保事業者
認定供給確保事業者とは、特定重要物資等の安定供給確保のための取組みに関する計画を主務大臣に提出し認定を受けた者をいい(法9条1項および10条1項)、少なくとも経済安全保障推進法の文言上、計画の提出が可能な事業者には外資規制その他の制限はないように見受けられます。
経済安全保障推進法の作成にあたり有識者会議により作成された提言 9(以下「提言」といいます)によれば、以下のような幅広い活動について支援の対象とすることが想定されています。
- 国内生産基盤の整備
- 供給源の多様化
- 備蓄
- 生産技術の開発・改良
- 代替製品の開発
- リサイクルの推進
計画の認定は、特定重要物資等の指定後に主務大臣により策定される安定供給確保取組方針に則って行われます(法9条4項)。
認定供給確保事業者は、認定を受けた計画が実施できない場合、認定取消しを受ける可能性はあるものの(法11条1項)、罰則・命令等を通して計画の実施を強制する枠組みは現時点では想定されていないようです。また、認定供給確保事業者は、毎年度計画の実施状況の報告を行う義務を負うほか(法12条)、主務大臣からの求めに応じて計画の実施状況に関して報告し必要な資料を提出する義務を負います(法48条4項)10。
(2)指定金融機関
指定金融機関とは、日本政策金融公庫より貸付けを受け認定供給確保事業者への支援業務を適切かつ確実に行うことができるものとして、指定を受けた金融機関です(法16条1項)。主務大臣は、当該支援業務に関し、指定金融機関に対して命令権限を有します(法21条)。
国による安定供給確保措置
認定供給確保事業者への支援の枠組みでは特定重要物資等の確保が困難である場合、主務大臣は当該特定重要物資等の備蓄その他必要な措置 11 を講ずることができます(法44条6項)。当該措置に関連して、認定供給確保事業者に対する強制力をもった措置は明示的には規定されていません。
主務大臣に対する報告・資料提出
主務大臣は、サプライチェーンの強靭化に係る一連の制度の施行に必要な範囲で、関連する事業者に対し報告または資料の提出を求めることができ、事業者は当該求めに応じる努力義務を負います(法48条)。これには、認定供給確保事業者や指定金融機関以外の者も含まれますので、広範な事業者が報告等の対象となる可能性があります。
実務上の留意点
(1)初期対応
まず、自社が何らかの指定された特定重要物資等に関わっているか、今後関わる予定があるか確認することが重要です。その際、自社が購入・販売している製品だけでなく、原材料についても把握することが重要になってきます。
特定重要物資等にはプログラムも含まれることから、メーカーのみならず、IT企業においても、自社のサプライチェーンにおいて特定重要物資等が含まれるか、確認する必要があります。
(2)制度利用可否の検討・影響の分析
認定供給確保事業者としての資格要件や手続について確認し、メリットとデメリットを整理して、手続を進めるかどうか検討をする必要があります。その際、本制度の主眼が経済支援にあることを踏まえ、経営企画や財務部門とも協力して、対象となる事業の資金需要を見極めることが重要と考えます。
仮に認定供給確保事業者として認定を受けない場合も、主務大臣が、特定重要物資等の生産、輸入、販売を行う者に対して、必要な報告または資料の提出を求めることがありますので、自社がこれに該当する場合は留意する必要があります。これは努力義務ではあるものの、当局からの要請であることから、実質的に対応せざるを得ないことも予想されます。
特定重要物資等を取り扱う事業者においては、国による安定供給確保措置の内容と影響を把握しておくことが重要です。たとえば、特定重要物資またはその原材料等については、価格が騰貴した場合、国が標準的な価格で国家備蓄を放出することができ、これによって価格が低下することが考えられます。特に海外との取引が多い企業は、有事の際に輸出を控えるよう働きかけを受ける可能性等についても留意する必要があります。
(3)中長期的対応
新規の原材料の調達や商品の販売について、特定重要物資等に該当するのか、都度検討していくことが考えられます。必要に応じて社内規程を改正する等して、調達および商品企画部門の情報を社内で共有していく仕組みを考える必要があります。
認定供給確保事業者および指定金融機関については、国の資料提出の求めや立入検査に応じる必要があります。その際にどのように対応するか、社内規程等で整備しておく必要があります。また、機密情報や個人情報との関係を整理しておくことも重要です。
認定供給確保事業者および指定金融機関以外でも、取引先が認定供給確保事業者である場合、当該事業者に課される義務等が間接的に自社にも影響する可能性があります。取引先が自社との取引履歴等を提出した場合、自社にどのような影響があるか想定しておくことが重要です。
基幹インフラの安全性・信頼性の確保
制度の概要
基幹インフラ内の重要設備に対して、外部からハッキング等の妨害行為が行われることを防止するために、基幹インフラへの重要設備の導入・重要設備の維持管理等の委託について事前審査制度が導入されます(法52条1項)。
ⅰ 基幹インフラを運営する企業(下記4−3参照)
ⅱ 上記 ⅰ に特定重要設備(下記4−4参照)を提供する企業やこの企業に部品等を提供する企業
ⅲ 委託を受け上記 ⅰ の保有する特定重要設備を管理・維持する企業
施行時期
・特定社会基盤事業者の指定につき公布後1年6か月以内
・審査制度(勧告、命令を含む)につき公布後1年9か月以内
事前審査制度の枠組み
事前審査制度の枠組みは以下のとおりです。
導入等計画書提出の要否
導入等計画書の審査手続
(1)導入等計画書の提出・審査
特定社会基盤事業者(下記4−3参照)が、特定重要設備(下記4−4参照)について、①導入、②維持管理等の委託 12 を行う場合には、導入等計画書を主務大臣に提出し、事前審査を受ける必要があります(法52条1項)。
審査期間は原則30日間で、最長4か月まで延長可能であり(法52条3項・4項)、外為法上の対内直接投資等の事前審査と類似の制度設計となっています。事業者は、審査が完了するまで導入および維持管理等の委託を行うことはできません。
審査の結果、是正の必要が認められる場合、主務大臣は、特定社会基盤事業者に対して是正勧告を行うことができ(法52条6項)、特定社会基盤事業者は、勧告に応じるか否かの返答を10日以内に行う必要があります(法52条7項)。正当な理由なく勧告に応じない場合には、主務大臣は、中止の命令をすることができ(法52条10項)、当該命令に応じない場合には罰則が規定されています(法92条1項4号)。
(2)事後的な勧告および命令
導入等計画書の審査を経て導入または維持管理等の委託が実施された特定重要設備であっても、国際情勢の変化その他の事情の変更により、これらが妨害行為の手段として使用される危険性が大きいと認められる場合には、主務大臣は、(1)と同様に勧告、命令措置をとることができます(法55条1項)13。
具体的には、①当該特定重要設備の検査または点検、委託の相手方の変更その他の必要な措置をとるべきことの勧告(法55条1項)、②正当な理由なく勧告に応じない場合には、主務大臣は当該特定重要設備の使用、維持管理等の委託を中止することの命令が可能であり(法52条10項、55条3項)、この命令に応じない場合には罰則が規定されています(法92条1項4号)。勧告に応じるかどうかの返答を10日以内に行う必要がある点も(1)と同様です(法52条7項、55条3項)。
特定社会基盤事業者(対象となる基幹インフラ事業者)
特定社会基盤事業者は、以下の両条件に該当する事業者を主務大臣が指定します(法50条)。
- 下表の14事業のいずれかに該当する者
- ①使用する特定重要設備の機能が停止・低下した場合に、②役務の安定的な提供に支障が生じ、③国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きいものとして、主務省令に定める基準に該当する者
基幹インフラ14業種一覧
特定重要設備(対象となる設備)
特定重要設備は、事業者の役務の安定的提供における重要性や外部からの妨害に用いられる危険性を考慮して主務省令に定められる基準に該当する設備が該当します(法50条1項)。設備の範囲には、機器、装置のほかにプログラムも含まれます。
調査権限、経過措置
(1)調査権限
主務大臣は、特定社会基盤事業者の指定のために必要な範囲で、上表の事業を営む者に対し、報告または資料の提出を求めることができます(法58条1項)。
また、主務大臣は、特定社会基盤事業者に対する勧告、命令等の実施のために必要な範囲で、特定社会基盤事業者に対し、報告または資料の提出の要求、ならびに立入検査を行うことができます(法58条2項)。
(2)経過措置
以下の行為については導入等計画書の提出義務が免除されます。
- 特定社会基盤事業者に指定されてから6か月間になされた、当該社会基盤事業者の行為(法53条1項)
- 省令の改正等があり新たに特定重要設備に該当するようになってから6か月間になされた、当該特定重要設備に係る行為(法53条2項)
- 省令の改正等があり新たに維持管理等の委託に該当するようになってから6か月間になされた、当該維持管理等の委託に係る行為(法53条3項)
実務上の留意点
(1)初期対応
事業者としては、まず、各自特定社会基盤事業者としての指定を受ける可能性を見極める必要があります。指定の可能性がある場合は、資産管理部門と連携して、特定重要設備に該当する設備の有無や、特定重要設備を導入または更新する予定があるかを確認することが重要です。
他の事業者に委託して特定重要設備の維持管理または操作を行わせる場合も、本制度の規律に服することになります。維持管理または操作に該当する範囲については、政令および当局の判断に委ねられるため、当局とのコミュニケーションを取り、その範囲を正確に把握することが重要です。
(2)中長期的対応
特定社会基盤事業者に該当する場合、その権利、義務および届出内容等について正確に理解しておく必要があり、これを遺漏なく実施するための社内規程を設ける必要があります。
受託者として特定社会基盤事業者に対してサービスを提供している場合や、その予定がある場合においても注意が必要です。自社のサービスが「維持管理または操作」に該当するときは、どのように届出等を進めるか、顧客と協議して検討する必要があると考えられます。
また、協議の結果、類型的に「維持管理または操作」に該当するサービスを提供していることが明らかになった場合、当局審査の対応のほか、顧客への説明等を合理的に行えるよう、社内で対応を整理して、社内規程および顧客との契約に反映する必要があると考えます。
たとえば、業務委託契約が「維持管理または操作」に係るサービス等を対象とする場合においては、表明保証条項に当事者が経済安保法制に違反していないことや、必要な許認可を得ていること等を規定することが考えられます。当該契約に基づくサービス自体が、当局の審査の対象になる場合は、誓約事項や効力発生の前提条件等で審査に関する規定を設けることが予想されます。
特定社会基盤事業者もその受託者も相互に理解を共有し、円滑に手続を進めるため、それを義務付ける内容をあらかじめ業務委託契約へ反映しておくことが重要です。
官民技術協力
制度の概要
国民生活、経済活動の安定の観点から重要となる先端的技術について、国からの支援および官民の協働の枠組みが導入されました。提言によれば、特定重要技術(下記5−2参照)として、具体的には、宇宙・海洋・量子・AI・バイオ等の分野が想定されていることがうかがわれます。
ⅰ 特定重要技術に関する研究開発を行う企業、研究機関
ⅱ 特定重要技術に関して知見を有する調査機関
施行時期
公布後9か月以内
特定重要技術の官民技術協力の概要
特定重要技術(制度の対象となる技術)
特定重要技術は、以下のいずれにも該当する技術をいいます(法61条)。
- 国民生活、経済活動の維持の観点から将来重要になり得る先端的技術
- 当該技術に係る研究成果の外部による不当利用や、当該技術を用いた物資、役務の供給が不安定化することにより国家および国民の安全を損なうおそれがある技術
指定基金の設立
内閣総理大臣は、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(科技イノベ活性化法)に基づく基金のうち、特定重要技術の研究開発の促進およびその成果の適切な活用を目的とするものを指定基金として指定し、補助金を交付することができます(法63条1項)。
協議会の組織
国は、国の資金により行われる研究開発等につき、特定重要技術の促進および適切な活用を図るために研究者および所管大臣等による協議会を組織することができます(法62条1項)。
協議会は主に以下の検討等を行います(法62条4項)。
- 特定重要技術の研究開発に有用な情報 14 の収集・分析
- 特定重要技術の研究開発の効果的な促進の方策に関する検討
- 特定重要技術の研究開発の内容および成果の取扱いに関する検討
- 特定重要技術の研究開発に関する情報の適正な管理に関する検討
シンクタンクへの委託
内閣総理大臣による特定重要技術の研究開発の促進およびその成果の適切な活用を図るために必要な調査研究も導入されます。
そこで、内閣総理大臣は当該調査研究の一部または全部を、一定の能力を有する機関に委託することができ(法64条2項)、関係行政機関の長は、当該委託先の求めに応じて調査研究のために必要な情報および資料を提供することができます(法64条3項)。
実務上の留意点
特定重要技術の開発を行っている事業者においては、本技術協力の制度により、直接・間接にどのようなメリット・制約を受けるのか、検討を進めていく必要があります。特に、海外の事業者との共同研究・開発等を行っている場合の影響には留意が必要です。
特許出願の非公開化
制度の概要
公にすることにより、国民の安全を損なうおそれの大きい発明に係る特許出願につき、特許手続を通して当該発明に係る情報が流出することを防止するために、①出願公開の留保、②情報保全措置を講じる制度が導入されました。
ⅰ 核技術、武器開発に係る技術につき研究を行う企業
ⅱ 上記 ⅰ の企業から情報提供を受け、またはライセンスを受ける企業
施行時期
公布後2年以内
手続の流れ
ある発明について、発明に関する情報の流出を防ぐための保全指定(下記6−3参照)を行うべきか否かを判断するために二段階の審査プロセスが導入されました。
特定技術分野に係る特許出願手続の概要
(1)審査プロセス
- 一段階目
公にすることにより国家および国民の安全を損なう事態が生じるおそれのある発明が含まれる可能性が高い類型の技術分野 15(以下「特定技術分野」といいます)として、政令に列挙された内容に該当するか否かを定型的に判断し、該当するものは原則として第二段階へ送られます。3か月以内に第二段階への送付の要否の判断が行われます(法66条1項)。 - 二段階目
国の機関、外部の専門家の協力の下、公にされた場合の国家および国民の安全に対する脅威と、発明を非公開とすることによる産業の発達に及ぼす影響等を考慮し、保全指定の要否が判断されます(法67条1項・3項・4項、70条1項)16。
(2)手続の非公開・出願者への通知等
第一段階の審査が開始され、手続が終了するかまたは保全指定が終了するまでの期間は、出願公開および特許査定は留保されます(法66条7項)。
出願が①第二段階へ送付された場合(法66条3項)、および②第二段階で保全指定を行うことが相当と判断され保全指定が行われる前(法67条9項)には出願者へ通知が行われます。
②の通知を受けた出願者は、出願を維持するか否かを14日以内に判断し(保全指定がなされると取下げが制限されます(法72条1項))、維持する場合には、発明に関する情報管理状況に関する資料等を開示する必要があります(法67条10項)。また、出願を維持する場合には、保全指定の期間満了または保全指定しない旨の通知を受けるまでは発明の内容の公開が禁止されます(法68条1項および74条1項)。
(3)保全指定
上記の手続を経て、内閣総理大臣が①保全指定の必要性および②保全指定した場合の産業の発達に対する悪影響を踏まえ、保全指定を行うことが適切であると認めたものについては、保全指定が行われます(法70条1項)。
保全指定の効果
保全指定がなされた場合、出願人には以下の制限が生じます。以下に違反があった場合には罰則が定められているものもあります。
- 特許出願取下げの制限(法72条1項)
- 許可を受けていない者の当該発明の実施の制限(法73条1項)
- 当該発明の開示禁止(法74条1項)
- 他の事業者との発明の共有の承認制(法76条1項)
- 当該発明の適正管理義務(法75条1項)
- 外国への出願の禁止(法78条2項)
保全指定の期間は1年以内ですが、期間満了後も保全指定の延長の要否が検討され、必要と判断された場合には、1年を超えない範囲での延長の可能性があります(法70条2項・3項)。
外国出願の禁止
日本でなされた特定技術分野に属する発明は、原則として外国での出願が禁止され(法78条1項)、違反の場合には罰則が定められます(法94条1項)。
特定技術分野に属する可能性がある発明を外国出願しようとする者は、外国出願禁止への該当性の有無につき事前に確認を求めることができます(法79条1項)。
補償、経過措置
(1)補償
保全指定を受けたことにより損失を受けた者は、国より通常生ずべき損失の補償を受けることができます(法80条1項)。
(2)経過措置
施行時に係属している出願について本制度は適用されません(附則2条)。また、政令が改正され新たに特定技術分野に含まれた技術につき既に係属中の出願については、本制度は適用されません(法66条11項)。
実務上の留意点
仮に、自社事業が本制度の対象となることがわかった場合は、知的財産部門や情報セキュリティ部門と連携して、行政と緊密に連携しながら、情報管理に留意して、今後の知財ライセンス戦略を企画することが重要です。
特定技術分野に属する特許等の出願をする可能性がある事業者においては、発明が特定技術分野に属するかを検討し、属する可能性がある場合には、保全指定を受ける可能性があることを理解したうえで、出願を行うか検討・判断をしていく必要があります。
特に、保全指定を受ける可能性がある場合に出願を取り下げる方針であれば、そもそも出願をするかどうか、コスト面も踏まえて検討しておくことが必要になると考えられます。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所では、本連載や、「特集 経済安全保障・通商プラクティス」、ニューズレター等を通じて、今後も経済安全保障推進法に関する最新情報を発信する予定です。
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第208回国会における岸田内閣総理大臣施政方針演説(2022年1月17日) ↩︎
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JETRO「バイデン米政権、サプライチェーン強化策発表、エネルギーやICTなど6分野で」(2022年2月28日)、「税制優遇などで集積回路コア技術の難関攻略を目指す 半導体自給率上昇を狙う中国(2)」(2021年9月7日) ↩︎
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経済安全保障推進法の理由では以下のとおり述べられています。 「国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するため、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針を策定するとともに、安全保障の確保に関する経済施策として、特定重要物資の安定的な供給の確保及び特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度並びに特定重要技術の開発支援及び特許出願の非公開に関する制度を創設する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」 ↩︎
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経済安全保障を取り巻く国際状況については、有識者会議資料(第1回2021年11月26日の資料3)において事例を踏まえ詳しく論じられています。 ↩︎
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具体的には、政令・ガイドライン等による制度詳細の規定、パブリックコメントを通した当局見解の開示等が考えられ、今後も注視が必要となります。 ↩︎
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2022年3月11日、国民民主党より「総合的経済安全保障施策推進法」(以下「国民民主党法案」といいます)が参議院へ提出されました。国民民主党法案は、経済安全保障推進法と比較して、食料の安定供給確保、セキュリティクリアランスの導入および人権に配慮した経済環境の整備等の内容を含む点で特色を有します。このうちセキュリティクリアランス、人権に配慮した経済環境の整備等については、有識者会議提言に対する2022年2月9日付経済団体連合会意見「経済安全保障法制に関する意見-有識者会議提言を踏まえて-」の中でも言及されています。本稿では紙幅の都合上、国民民主党法案の解説は割愛していますが、今後の議論の方向性を把握するうえでは注目することが望ましいといえます。 ↩︎
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「経済安全保障法制に関する有識者会議 サプライチェーン強靭化に関する検討会合 第1回資料」(2021年12月8日) ↩︎
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安定供給確保支援法人および安定供給確保支援独立行政法人(照会制度や相談業務は安定供給確保支援法人のみ実施) ↩︎
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有識者会議「経済安全保障法制に関する提言」(2022年2月1日) ↩︎
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従わない場合には罰金の制裁が規定されています(法96条4号)。 ↩︎
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提言によれば、備蓄のほか、海外からの調達、使用節減の呼びかけ、委託生産等が想定されています。 ↩︎
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維持管理等の委託への該当の有無は、基幹インフラの安定供給における重要性や外部からの妨害に用いられる危険性等を考慮した主務省令に定める基準により判断されます。 ↩︎
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経済安全保障推進法の文言上は、届出の対象となった重要設備等のみに適用があるように読めますが、同法の施行前(経過措置期間経過前)に導入または委託を行った重要設備等についても適用される場合には影響が大きいため、そのような解釈・運用等がされないか注視が必要となります。 ↩︎
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提言によれば、具体的な社会実装のイメージ、政府が実施してきた研究の成果、サンプリングデータ、サイバーセキュリティのインシデント・脆弱性情報、非公開とされた契約情報、国民の安全・安心に係る政府機関の態勢に係る情報等が想定されています。 ↩︎
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提言によれば、核技術、武器開発に係る技術の中から絞り込まれることがうかがわれます。 ↩︎
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提言によれば、核兵器開発や武器にのみ用いられるシングルユース技術を基本として保全指定すべきであり、兵器以外の用途を有するデュアルユース技術の保全指定は限定的であるべきとの考え方がうかがわれます。 ↩︎
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