2022年企業法務の展望
第4回 2022年の労働法務は育児・介護休業法、中小企業のパワハラ防止法対応が焦点に
人事労務
シリーズ一覧全6件
目次
はじめに
労働法分野では毎年のように法改正や制度変更がなされています。働き方改革関連法が2019年4月から順次施行され、時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得義務化などへの対応が求められました。また、2020年4月の労働基準法改正により賃金請求の消滅時効が5年(当面3年)に延長され、改正から3年が経過する2023年4月以降、未払い残業代請求などは3年請求が基本になると思われます。さらに、2021年4月からは同一労働同一賃金に関するパートタイム・有期雇用労働法が中小企業でも施行されました。同一労働同一賃金に関する紛争や判決はこれから徐々に増えていくものと予想されます。
そして2022年、労働法の分野では主に以下の法改正が予定されています。
2022年に労働法分野で予定されている主な法改正
施行日 | 法律 | 対象となる企業 |
---|---|---|
2022年4月1日 | 労働施策総合推進法 (パワハラ防止法) |
中小企業 (大企業は2020年6月に施行済) |
2022年4月1日 | 育児・介護休業法 | 全企業 |
2022年4月1日 | 女性活躍推進法 | 常時雇用する労働者数が 101人以上の企業 |
2022年4月1日からは、中小企業でもパワハラ防止措置が義務化されます(改正労働施策総合推進法)。ハラスメントは多様化し、コロナ禍では「リモートハラスメント(リモハラ)」「ワクチンハラスメント(ワクハラ)」など新しい問題も生じているなか、企業には適切な対応が求められます。また、育児・介護休業法が段階的に改正され、産後パパ育休制度や育児休業の分割取得などが認められるようになります。企業はこれらの制度変更を理解しつつ、「マタニティハラスメント(マタハラ)」の問題が生じないように気を付けなければなりません。
加えて、女性活躍推進法に関しても2022年4⽉1日から、⼀般事業主⾏動計画の策定や情報公表の義務が、常時雇用する労働者数が301人以上の事業主から101人以上の事業主まで拡大されます。
以下では、企業実務へのインパクトが大きいと考えられる、育児・介護休業法の改正と中小企業におけるパワハラ防止措置の義務化に焦点を当てて解説します。
育児・介護休業法
改正育児・介護休業法は、2022年4月1日から段階的に順次施行されます。今回の改正では、男女ともに仕事と育児を両立できるようにという観点から、産後パパ育休制度の創設や個別周知・意向確認の措置義務などが盛り込まれています。
- 育児休業を取得しやすい雇用環境整備
- 妊娠・出産の申し出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付け
- 有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和
雇用環境整備
育児休業に関する研修や相談窓口の設置等、会社は複数の選択肢の中から措置を講ずる必要があります。「研修」については、全労働者が望ましいですが、少なくとも管理職は研修を受けたことがある状態にすること、「相談体制の整備」については、実質的な対応が可能な窓口を設け、窓口の周知等をして、労働者が利用しやすい体制を整備することが求められます(厚生労働省「改正育児・介護休業法 対応はお済みですか?」参照)。
個別の周知・意向確認
(本人または配偶者の)妊娠・出産の申し出をした労働者(あくまで申し出をした労働者が対象)について、育児休業・産後パパ育休に関する制度(制度の内容など)など4項目(下記表参照)のすべてを周知し、意向を確認しなければなりません。
有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和
有期雇用労働者が育児休業・介護休業を取得できる要件が緩和され、2022年4月1日から、「引き続き雇用された期間が1年以上」という要件が撤廃されます(ただし、引き続き雇用された期間が1年未満の労働者は労使協定の締結により除外可能です)。したがって、企業によっては、就業規則の変更や労使協定の締結が必要になります。
- 男性の育児休業取得促進のための子の出生直後の時期における柔軟な育児休業の枠組みの創設
- 育児休業の分割取得
出生時育児休業(産後パパ育休)制度の新設(下記表参照)
配偶者の産後休業中に男性が育児休業を取得できる、出生時育児休業(産後パパ育休)が新設されました。労使協定の締結等、一定の条件の範囲で休業中に就労することができる点が特徴的です。
現行の育児休業制度の見直し(下記表参照)
現行の育児休業制度も、2回まで分割して取得可能(取得の際にそれぞれ申し出)になるなどの改正がなされています。
中小企業のパワハラ防止措置
企業が講ずべき措置
2019年5月に成立した改正労働施策総合推進法により、大企業では2020年6月1日から義務付けられていた職場におけるパワハラ防止措置が、2022年4月1日からいよいよ中小企業でも義務化されます。
これを受けて、中小企業でも、厚生労働省の「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「パワハラ指針」)に規定される「雇用管理上講ずべき措置」として、次のような対応を実施しなければなりません。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
- ①から③までの措置と併せて講ずべき措置
求められる適切な相談対応
(1)相談窓口の設定、周知
パワハラ防止を表明して取り組むことは事業主として当然のことですが、実務上問題になるのは、パワハラ相談に適切に対応できるかどうかです。相談対応を間違えてしまうとパワハラ防止措置に違反するだけでなく、安全配慮義務違反の問題にも発展し得るため、注意深く対応することが必要です。
中小企業がまず取り組むべきことは、相談窓口を設定して労働者に周知することですが、パワハラ相談は必ずしも相談窓口に入るとは限りません。たとえば、直属の上司が最初の相談を受けることもあります。したがって、相談窓口を経由しないパワハラ相談については、「どの部署に、どのように報告するのか」をあらかじめ社内で決めておき、そのルールに従って対応するようにしましょう。
(2)相談担当者の教育
相談窓口の設定とあわせて急務となるのが、相談担当者の決定です。パワハラ相談対応では、非常にシビアな場面が多く発生し、その対応には細心の注意を払う必要がありますが、必ずしも相談担当者が相談対応に慣れているわけではありません。そのため、相談内容や状況に応じて適切に対応ができるよう、相談担当者を教育する必要があります。
(3)相談窓口の担当者の心構え
日常の業務も忙しいこととは思いますが、パワハラ相談対応は絶対に後回しにしないようにしましょう。すぐに時間が取れない場合であっても、必ず「いつ」という形で具体的に対応を行う日程を決めてください。絶対にしてはならないのが、相談の放置です。
また、調査対象者の人数によっては、「相談→調査→認定」までに時間を要する可能性もあります。そのため、相談者からのヒアリングを実施した後に、その後の大まかな調査スケジュールを立てておきましょう。そして、相談窓口の担当者の心構えとして、次のポイントを押さえておくことをおすすめします。
- 「パワハラがあった」という先入観を持たない(※気に入らない上司を異動させるためにパワハラを作出するケースもあり得る)
- 「取り調べ」ではなく「事実関係の確認」を行う(※ウソや罪を暴くことが目的ではない)
- どちらか一方の味方であるかのような振る舞いは避ける(※あまりにも淡々としすぎていると冷たい印象を与えるため、ほどよい頷きが理想)
- 不用意な発言は避ける(※調査段階で断定的な回答はしない。調査して事実関係が明らかになってから判断すべきこと)
(例)
・「これってパワハラですよね?」
→「事実関係を調査したうえで判断します。今は調査段階です。」
・「パワハラが認められたら、◯◯さん(加害者の上司)は処分を受けますよね?」
→「事実関係を調査したうえで判断します。」
(4)情報管理の重要性
パワハラ指針では、その他、企業が講ずべき措置として、「相談への対応又は当該パワーハラスメントに係る事後の対応に当たって、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること」が求められます。そして、相談者・行為者等のプライバシーには、「性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれる」としています。
そのため、相談者から提供を受けた資料の取扱いには注意しましょう。パワハラ調査に必要な範囲であれば、個別の承諾がなくとも、資料の複製や担当者で情報共有することなどはできると解されますが、目的を逸脱した利用や必要性のない利用については違法と判断される可能性があります。事前にパワハラ調査のために利用することについて、提供者から同意を得ておきましょう。また、資料によっては、個別に同意を得るなど、慎重な取扱いを心がけることが重要です。
なお、相談者が提出した日記のコピーをそのまま加害者とされる人物に開示したことについて、違法と判断された事案があります(京丹後市事件・京都地裁令和3年5月27日判決・労経速2462号15頁)。
(5)パワハラ類型と留意点
パワハラ指針には、パワハラ典型6類型として次のものがあげられています。
- 暴行・傷害(身体的な攻撃)
- 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
- 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
- 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
- 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
- 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
ここで、気を付けていただきたい点がいくつかあります。
留意点 ①
これらはあくまで典型6類型であり、これらに該当しないからといって、パワハラに該当しないとは限りません。「優越的な関係に基づき、業務上必要な範囲を超えた言動により、就業環境を害すること」に該当すれば、パワハラに該当します。
留意点 ②
「パワハラに該当しない=違法ではない」とは限りません。単にパワハラに該当しないというだけであって、対象となった言動がまったくの適法と判断されるものではありません。就業規則や他の服務規律に違反する場合には懲戒処分の対象になり得、民事上の不法行為に該当することもあります(逆パワハラなど。仮に優越的な関係を背景とした言動に該当せずパワハラにあたらないとしても不法行為等の対象になり得る)。
留意点 ③
個人的な情報を必要もなく社内で暴露することもパワハラに該当し得ます。パワハラ指針においても、「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」がこれに該当するとしています。
(6)問題社員対応とパワハラ問題
たとえば、能力不足、勤務態度不良等が理由で、取引先への対応を任せられない従業員に対して、一時的に、簡単かつ、迷惑のかからない仕事のみを命じることも考えられます。そのような場合に、その従業員から、「過小な仕事や嫌がらせ的な仕事をさせられた」と言われる可能性があります。また、本人の勤務態度に問題があり、厳しく注意指導する必要があったものの、その注意指導に対して「パワハラではないか」と主張されることがあります。
これらについても、外形上はパワハラ相談に該当する可能性があるため、通常のパワハラ対応の手順に従った対応が求められます。もちろん別途、業務上の指導を行ってもかまいません。
なお、パワハラ相談後の配置転換については注意が必要です。従業員から、「パワハラ相談を行ったことを理由とした不利益取扱いである」と主張されるおそれもあるため、会社として、配転命令の理由をきちんと説明できるようにしておきましょう。
(7)相談窓口の担当者の不安
「自分が行った相談対応に誤りはなかったか」と、相談窓口の担当者が不安になる場合があります。たとえば、次のような相談を受けるケースもあります。
新しい証拠や事実が出てきた場合には再調査を行うべきですが、適切な調査を尽くしたうえで、相談者から調査の蒸し返しを要求された場合には、毅然として、「結論はお伝えしたとおり」と回答していただいてよいです。使用者のハラスメント調査の結果が、裁判所の判断と異なっていたことをもって、ただちに、職場環境配慮義務に違反し違法であるということはできない、とした裁判例もあります(長崎県ほか(非常勤職員)事件・長崎地裁令和3年8月25日判決・労判1251号5頁)。
その他にも、次のような相談を受けることがあります。
調査方法は必ずしも相談者の申し出に拘束されるものではなく、あくまで会社の判断で調査するものです(長崎県ほか(非常勤職員)事件・長崎地裁令和3年8月25日判決・労判1251号5頁参照)。
なお、調査結果に納得のいかない相談者から、ハラスメント報告書やヒアリング聴取書の閲覧を求められることがありますが、これらはあくまで社内でのハラスメント調査のための内部資料であり、開示することを予定したものではありません。そのため、これ自体を開示することは拒否できると考えます。ただ、その場合も判断に至った経緯は相談者に対して丁寧に説明すべきです。
(8)パワハラと労災問題
令和2年6月1日、労災認定に関する1つの基準である「心理的負荷による精神障害の認定基準」が改正され、「心理的負荷評価表」に「パワーハラスメント」の出来事が追加されました。この中で、「強いストレス」と評価される例は以下のとおりです。
- 上司等から治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
- 上司等から暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
- 上司等による人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない精神的攻撃が執拗に行われた場合
- 心理的負荷としては「中」程度の精神的攻撃等を受け、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合
ここで、「会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合」があげられている点には注意が必要です。そのような状況でのパワハラが労災認定されるリスクが高まるとともに、使用者の安全配慮義務違反が問われる可能性が高まります。そのため、中小企業でもパワハラ防止措置を講じ、きちんと対応していくことが求められます。
さいごに
昨年、一昨年は、新型コロナウイルスへの対応に追われて、労働分野の対応に遅れが生じてしまった企業もあるかもしれません。このような状況では従業員側も企業に対して指摘や主張がしづらいため、問題として顕在化していないものもあると考えられます。しかし企業は、新型コロナウイルスを理由にいつまでも対応を先延ばしするわけにはいきません。法改正に合わせて、できるところから1つずつ対応に着手することが企業には求められます。
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