中国の企業結合法制 ~簡易審査制度は機能しているか~
国際取引・海外進出
2014年、中国で企業結合における「簡易審査」制度が導入された。この2年あまりで日本企業の利用も進んでいるようだが、実態はどうなのだろうか。
そもそもどのような制度で利用するにあたっての問題点はないか、中国法務に詳しいアンダーソン・毛利・友常法律事務所の中川 裕茂弁護士に聞いた。
簡易審査制度導入の背景と現状
中国で簡易審査制度が導入された背景と利用の現状について教えてください。
中国の独禁法に基づく企業結合届出は、たとえば他の主要国と比して労力が必要であり、時間も余計にかかること等の問題があり、諸外国から批判されていました。中国では、このような批判を受けて簡易審査制度を2014年5月10日から導入し、本稿執筆時点で約2年半が経過しています。
簡易審査制度の利用は活発であり、1年に引き直した数字で統計すると、2014年は104件、2015年は230件、2016年は270件と利用数が増加しています。また、中国での企業結合届出総数の内、2015年は約73%、2016年は77%の件数が簡易審査制度を利用したものであると推計され、多くの事案で簡易審査制度が利用されていることがうかがえます。1
※本グラフ、本文ともに件数は商務部のウェブサイトでの2016年上半期までのデータより(承認ベースの数値)、2016年は上半期の数値を年間総数に引き直した。
簡易審査制度はどのような場合に利用できるのでしょうか、また、従来の問題点はどう改善されたのでしょうか。
まず、簡易審査制度は次のような場合に利用可能です(事業者結合簡易案件の適用基準に関する暫定規定2条)。実務上、以下の(1)号~(3)号の利用が全体の過半数と多く、次に(4)号および(5)号も1割から2割の割合で利用されています。
類型 | 簡易案件に該当する理由 |
---|---|
シェアが低い場合 | (1)1つの関連市場において、結合に参加する全ての事業者の市場シェアの総和が15パーセントを下回る場合 |
(2)結合に参加する事業者に商流の川上・川下の関係がある場合で、川上および川下の市場におけるシェアがいずれも25パーセントを下回るとき | |
(3)結合に参加する事業者が同一の関連市場になく、かつ商流の川上・川下の関係がない場合で、取引に関連する各市場におけるシェアがいずれも25パーセントを下回るとき | |
中国市場に対する影響が少ない場合 | (4)結合に参加する事業者が中国国外において合弁企業を設立する場合で、合弁企業が中国国内で経済活動に従事しないとき |
(5)結合に参加する事業者が外国企業の持分または資産を買収する場合で、当該外国企業が中国国内で経済活動に従事しないとき | |
共同支配から単独支配に移転する場合 | (6)2以上の事業者が共同して合弁企業を支配している場合で、結合によりそのうちの1以上の事業者により支配されるとき |
中国の企業結合審査の第1次審査期間は受理後30日であるところ、簡易審査制度の導入前は、この期間内では審査は終了せず第2次審査期間(90日以内)にまで延長されるのが常態となっていました。導入後は、簡易審査では受理後30日の第1次審査期間以内で審査が完了する(通常審査では30日では完了せず審査期間が延長される)という実務が定着しており、審査は迅速化しているといえます。
※ 簡易審査制度を利用した案件では公示開始日と承認日が公開されており、公示開始日を受理日であるものと仮定して計算。
簡易審査制度の問題点
簡易審査制度による審査の迅速化というメリットがある一方で、問題点もあるのでしょうか。
簡易審査制度の導入により、上記の(4)号や(5)号の事由のように、完全に中国国外の合弁会社の設立やM&Aで、中国市場に影響が想定されないような事案においても、簡易であるとはいえ届出が必要であることが更に明確となりました(なお、結合を行う双方当事者の連結での売上高が一定以上に達していることが前提です )。このような場合にまで広く届出を必要とする制度自体、合理性に疑義があるところです。
① 当事会社の全世界売上高(前会計年度)合計が100億元(約1,500億円)超、かつ、少なくとも2社の中国内売上高(前会計年度)がそれぞれ4億元(約60億円)超
または
また、上記の通り簡易審査制度の導入により、受理後の審査期間は短くなったとはいえますが、全体として未だに次のような時間が必要となることには留意するべきです。
- 資料の準備から商務部に対する資料の提出: 2週間~2か月
- 資料の提出から受理(=審査の開始)まで: 2週間~1か月
- 第1次審査:30日 → 簡易手続きでは原則この期間で終了
- 第2次審査:90日 → 通常手続きは原則この期間で終了
- 最終審査: 60日 → 独禁法上の問題がある例外的なケース
さらに、中国企業同士の企業結合届出事案の件数は近年増加しているとはいえ、審査の結果、結合が禁止されたり、条件が付されたりするケースの当事者は、ほぼすべての事案は外国企業が当事者である事案であり、内外差別の批判の声も上がっているところです。
最初に問題点としてあげられた、中国国外の合弁会社の設立やM&Aで、自国の市場に影響が想定されないような事案であっても届け出が必要となるケースは稀なのでしょうか。
稀ではなく、それなりの規模の取引であれば取引のストラクチャーやスケジュールを検討する段階から念頭におくことが通常です。
例えば、日系企業関係の近時の事案では、鴻海精密工業によるシャープ買収手続きでは中国を含む多くの法域で企業結合審査が行われ、中国国外でのLNG船や石炭火力発電に関する合弁会社の設立に関して中国で簡易手続きによる企業結合審査が行われました。
一方、中国国外で中国事業と関わりのない合弁会社を設立するような事案の中には、中国を含む各国での届出の検討すら念頭にない事案も数多く存在するものと想像されます。これらの相違は海外市場や独禁法に対する意識、法務・経営企画の担当者の意識や経験等にもよると思われます。国外の合弁会社の設立事例では未だ処罰事例は出ていませんが、商務部は届出義務を懈怠する事案に関する情報収集も行っているようですので、事案が著名であればあるほど、また中国市場にコミットしていればしている程留意が必要です。
日本企業が留意すべき点は
今後、日本企業はどのような点に留意すべきでしょうか。
まず、中国外での合弁会社の設立やM&Aでは、中国の独禁法を意識しないことも多いのではないかと考えられますが、中国の企業結合制度の適用そのものを失念しないように留意する必要があります。中国の企業結合制度も含め、域外適用のある諸外国の法令の適用可能性の検討を失念しないためには、普段の法務部内での情報共有や学習体制が重要と考えます。
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件数は商務部のウェブサイトでの2016年上半期までのデータにより(承認ベースの数値)、2016年は上半期の数値を年間総数に引き直した。 ↩︎

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