これから始める企業のための ESGリスクマネジメント概説

コーポレート・M&A
竹内 朗弁護士 プロアクト法律事務所

目次

  1. はじめに
  2. なぜESGなのか
  3. サステナブル・ファイナンスと開示
  4. インベストメントチェーンへの影響
  5. サプライチェーンへの影響
  6. 人権デューディリジェンス
  7. マルチ・ステークホルダーの視点
  8. アクティビスト・NGOとの対話
  9. ビジネスと人権
  10. おわりに

はじめに

 最近、毎日の新聞報道等で「ESG」「SDGs」「サステナビリティ」といった言葉を目にしない日はありません。「脱炭素」「サステナブル・ファイナンス」「ダイベストメント」「ビジネスと人権」「人権デューディリジェンス」「ダイバーシティ」「LGBTQ」といった言葉も、すでに皆様には見慣れたものになっているのではないでしょうか。

 昨年のミャンマー国軍によるクーデター、新疆ウイグル自治区の人権問題、そして直近のロシアによるウクライナ軍事侵攻など、グローバル化したビジネス環境下では、こうした海外事象はすべてESGリスクのインシデントとなって日本企業に待ったなしの対応を迫ってきます

 ウクライナ侵攻では、英シェル、ユニリーバや米コカコーラ、マクドナルドなど欧米企業がいち早く事業停止や事業撤退に踏み切り、セイコーエプソン、オムロンなど日本企業も対応に動いています。ファーストリテイリングも一度は事業継続を打ち出しましたが、その後事業停止に転じました。万が一、台湾海峡が有事になれば、日本企業に対する影響は計り知れないでしょう。

 このような急激な外部環境の変化に対し、企業はどのように対応すべきでしょうか。本稿では、企業リスクマネジメントを専門とする実務家の立場から、ESGリスクとはどのようなものか、ESGリスクを企業はどのようにマネジメントすべきかについて、全体像を概説します。

なぜESGなのか

 CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)は、本来営利目的である企業が社会の一員として何か社会に良いことをする、という文脈で捉えられてきました。

 たとえば、フィランソロピー、芸術文化支援(メセナ)、植林、駅前清掃といったイメージです。

 これに対し、ESG(Environment/Social/Governance:環境/ 社会/ 企業統治)は、企業を取り巻くESG要素が企業価値にどのような影響を及ぼすか、という文脈で捉えられています

 たとえば、地球温暖化抑止に向けた脱炭素の要請(E)、サプライチェーンにおける人権保護の要請(S)、社外取締役による指名・報酬ガバナンス強化の要請(G)といった外部インシデントが、個々の企業の将来的な企業価値にどのような影響(機会とリスク)を及ぼすか企業はそれに対してどのような対策を講じているか、という議論です。

 ここにいう「機会」(+)とは、本業を通じて何らかのESG課題を解決することで業績を伸ばすようなことを指します。また「リスク」(-)とは、ESGの要請に応じることができず、事業の持続可能性が損なわれるようなことを指します。

サステナブル・ファイナンスと開示

 2008年のリーマンショックの際には、サブプライムローン(主に米国で信用度の低い低所得者を対象とする住宅ローン)のリスクが可視化されないまま金融市場で肥大化し、ついには暴発して世界の金融システムを破壊しました。

 こうした轍を踏まないために、ESG要素(現時点ではとりわけ気候変動や自然生態系)に基づく企業価値への影響(機会とリスク)を個々の企業に「開示」させ、金融市場において可視化することで、金融システムの安定運用を図るという目的があります。

 こうした経緯から、はじまりは機関投資家が上場企業に投資する場面での「ESG投資」でしたが、金融機関が企業に融資する場面での「ESG融資」も加わり、両者を合わせてサステナブル・ファイナンス」と呼びます。

 わが国では、機関投資家にはスチュワードシップ・コード、上場企業にはコーポレートガバナンス・コードが適用されていますが、両コードの改訂時には、ESGやサステナビリティの観点が多分に盛り込まれています。

インベストメントチェーンへの影響

 インベストメントチェーンとは、消費者の家計から企業年金等のアセットオーナーに資金運用が委託され、アセットオーナーから資金運用を委託された機関投資家が、個々の上場企業に対して投資を行い、そこから得られる配当やキャピタルゲインというリターンが、アセットオーナーを経由して家計に還元される、という投資のつながりを指します。

 ESG投資の場面で求められるのは、徹底的な「開示」です。個々の上場企業は、ESG要素が将来の企業価値にどのような影響(機会とリスク)を及ぼすか、それに対してどのような対策を講じているか、こうした情報(「非財務情報」「記述情報」と呼ばれます)を資本市場に開示することが求められます。財務情報過去の企業価値を表すものであるのに対し、非財務情報将来の企業価値を占うものとして、ESG投資の分野ではその重要性が一層増しています。そして、非財務情報の開示のレベルが、企業の資金調達力を左右する時代が到来しています

 上場企業が資本市場に情報を「開示」するとき、その内容が虚偽のものであれば、「虚偽開示」として資本市場を欺くことになります。財務情報の虚偽開示はこれまで「粉飾(dressing)」と呼ばれてきましたが、非財務情報の虚偽開示は「ウォッシュ(wash)」と呼ばれます。もし有価証券報告書に虚偽記載が行われれば、刑事罰まで問われることになります。

 また、こちらはサプライチェーンに対する開示の問題になりますが、2008年に製紙各社で起きた古紙配合率偽装は、景品表示法の「優良誤認表示」として公正取引委員会の排除命令の対象となりました。2016年の三菱自動車の燃費性能偽装、直近の日野自動車の排出ガス性能偽装も含め、日本でも「グリーンウォッシュ」と呼ばれるような不正が頻発しています。

 非財務情報を開示した時点では事実に即していたとしても、その後実態が伴わなくなり、事後的に虚偽開示となることも考えられます。正しい情報開示を続けるには、正しい情報収集を社内で続ける必要があり、これはコンプライアンス・内部統制の問題ともいえます。

インベストメントチェーンとサプライチェーンのイメージ

インベストメントチェーンとサプライチェーンのイメージ

サプライチェーンへの影響

 ESGの要請は、サプライチェーンにも及びます。たとえば、日本企業が原材料を調達している海外の新興国にある調達先が、ⅰ)周辺環境を大規模に破壊しながら、ⅱ)地域住民を強制労働させながら、ⅲ)その国の公務員に賄賂を支払いながら、事業活動を行っているとします。

 それを知った日本企業が、その状態を放置したまま取引を続けることは、調達先による環境破壊・強制労働・贈賄行為を日本企業が「助長」したものと社会的に評価され、相応の社会的非難を受けることになります。これがサプライチェーンにおけるESGリスクです。

 ESGリスクとはどのように顕在化するのでしょうか。それはたとえば、メディアやSNSでバッシングを受けたり、消費者から不買運動を起こされたり、取引先から取引を打ち切られたり、機関投資家の投資対象から外されたり(ダイベストメント)といったことなどが考えられます。法的制裁よりも前に社会的制裁によって企業価値が毀損するのです。

 また、サプライチェーンの維持発展という観点からは、自社の下請先から搾取することは、自社の事業基盤であるサプライチェーンを痛めつけ、事業の持続可能性を自ら損なわせる行為と理解されます。経済的に弱い立場にある生産者に適正な利潤を得させ、その生活向上を図るフェアトレード」は、サプライチェーンの維持発展という観点からも賢明な企業行動です。そして、ESG時代の賢明な消費者は、フェアトレードで生産された商品であることに価値を見出して適正な料金を支払うという消費行動に出ています。

人権デューディリジェンス

 ESGリスクを管理するために、調達先に対するデューディリジェンス(DD)が行われます。環境テーマであれば環境DD、人権テーマであれば人権DDと呼ばれます。DDによって調達先のESGリスクが顕在化したとき、企業は何らかのアクションを迫られます。くしくも、2022年3月9日に経済産業省で、第1回サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会が開催され、今夏を目途にガイドライン案が取りまとめられる予定です。

 ここで思い出していただきたいのが、2017年頃からわが国で盛り上がった「企業活動からの反社会的勢力排除」に関する活動です。①反社データベースの整備、②契約時の反社チェック、③契約書の反社排除条項、が3点セットといわれてきました。全国で施行された暴力団排除条例では、反社会的勢力の活動を「助長」する行為が規制されました。

 人権DDとは上記の②契約時の反社チェックと同じ対応であり、調達先との契約書にESG条項を盛り込むのは上記の③契約書の反社排除条項と同様の対応だと考えれば、「それなら取り組めそうだ」と思えるのではないでしょうか。

 ただし、反社会的勢力排除と人権DDで決定的に違う点が1つだけあります。取引先が反社会的勢力だと判明したときには、関係遮断が求められます。これに対し、人権DDで調達先に人権問題が判明したときには、契約を解除すればその人権問題は置き去りにされてしまうので、そうではなく、是正のために調達先に対して影響力を行使することが求められます。そのために、契約書のESG条項には、解除権の前に影響力行使を認める条項を入れておきます

 具体例を紹介します。化粧品通販大手のDHCが公式サイトに掲載した文書の表現が人権侵害的だと問題になりました。流通大手のイオンが、仕入先であるDHCに対し、人権にまつわる考え方の確認を要請したところ、DHCは問題の文書での発言を撤回しました。これは、イオンがサプライチェーン上の人権問題に対して影響力を行使した好事例とされています。

 デューディリジェンスについて詳しく知りたい方は、2018年に公表された「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」をご参照ください。

マルチ・ステークホルダーの視点

マルチ・ステークホルダーとESG課題・リスク

マルチ・ステークホルダーとESG課題・リスク

 こちらの図は、企業を取り巻くマルチ・ステークホルダー(利害関係者)のそれぞれに関し、どのようなESGに関する課題やリスクがあるかを図示したものです。こうして見渡すと、ESG投資やESG融資は、企業を取り巻くステークホルダーのごく一部に過ぎないことがわかります。

 ESGリスクマネジメントにおいて大事なのは、常にマルチ・ステークホルダーに対してどのような影響を与えるかという広い視野を持つこと、1つのステークホルダーに喜ばれる企業の行動が、他のステークホルダーには不満や犠牲を与えるものにならないか、常に細心の注意を払うことです。

 具体例を紹介します。2019年にリクルートキャリアが運営する「リクナビDMPフォロー」というサービスが大きな問題になりました。このサービスは、リクナビというウェブサイトにおける就活学生の閲覧履歴をAIで分析して内定辞退率を算出し、そのデータを採用側の企業に有料で販売するというものです。このサービスは、採用側の企業のニーズには沿うものであったとしても、就活学生にとっては決して容認できないサービスでした。このサービスは、日本経済新聞社の報道からわずか3日後に廃止に追い込まれました。

 ポイントは、このサービスが個人情報保護法や職業安定法に違反するかというコンプライアンス問題ではありません。就活学生という重要なステークホルダーにとって決して容認できないサービスであって、持続可能性を欠くサービスだったことがポイントです。

 個人情報保護委員会は、このサービスを利用して内定辞退率データを購入した企業34社も実名公表して指導しました。内定辞退率データを売った方も買った方も社会的非難に値するという評価が下されたことになります。

アクティビスト・NGOとの対話

 最近「アクティビスト」という言葉をよく聞きます。読者の方によっては、上場企業の株を取得し、短期的な株主利益を追求して高額配当や事業切り売りなどの株主提案権を行使するというイメージ、あるいは昔の総会屋に似た「厄介な株主」というイメージを持つかもしれません。

 また、環境NGOというと、捕鯨漁船にゴムボートで体当たりする過激な環境団体をイメージするかもしれません。人権NGOというと、社会運動標榜ゴロをイメージするかもしれません。

 しかし、このESG時代においては、そうした誤った先入観はただちに払拭すべきです。

 アクティビストは、機関投資家に適用されるスチュワードシップ・コードの要請に則り、投資先の上場企業のガバナンス(G)高度化のために種々の提案や対話を行う「勤勉な」株主であって、ガバナンス高度化を目指す上場企業にとっては信頼できるパートナーと位置づけられます

 環境NGO人権NGOも、環境汚染や人権侵害の被害を受けている人々の代弁者として、高度の専門性と情報収集力を備えており、環境問題や人権問題に真摯に取り組もうとする企業にとっては信頼できるパートナーと位置づけられます

 こうした外部のパートナーと信頼関係を構築し、切磋琢磨しながら彼らの高度な知見を経営に取り込んでいくことにより、その企業のESGのレベルはより高まり、企業価値の向上につながります。

 東芝が設置したガバナンス強化委員会による2021年11月12日調査報告書は、「東芝の執行役及び取締役は、外国投資ファンドは、すべからく企業の中長期的成長に反する短期的利益の獲得のみを目的とするものであるなどの一面的な見方に立って、外国投資ファンドとの対話を拒否する、あるいはこれを敵視するというような姿勢を取るべきではない」、「執行役及び取締役が、東芝の中長期的成長に向けた経営方針について、説得力を持った財務分析、資本政策、事業ポートフォリオを示して、真摯に説明を重ね、株主の理解を得ることがとりわけ重要であるし、その経営方針に対する正当な批判については、耳を傾けなければならない」と指摘しました。アクティビスト株主との健全な対話の必要性を説くものといえます。

 もっとも、すべてのアクティビストやNGOが必ずしも健全とはいえないことも事実ですので、信頼関係を構築するに値する相手かどうかは、しっかり情報収集して見極める必要があります。大事なのは、企業にとって「厄介者」というレッテルを貼って寄せ付けない、という従来の姿勢をただちに改める必要があるということです。

ビジネスと人権

 日本は先進国であって人権保護に手厚いと思われているのではないでしょうか。しかし、外国人の人権については、来日した外国人技能実習生が海外から現代奴隷と見られている問題や、名古屋出入国在留管理局でスリランカ国籍の女性が死亡する問題などが起きています。女性やマイノリティに対する差別が依然として存在し、その社会進出が立ち遅れています。決して日本に人権問題がないわけではないのです。

 海外に目を向けると、2021年5月にオランダのハーグ地方裁判所は、英シェルに対し、気候変動が住民に対する人権侵害をもたらすと認定し、人権DDやCO2排出量削減を命じました。企業が引き起こす環境問題は地域住民の人権問題であると判示したのです。

 また、日本企業が外国公務員に対して贈賄して摘発される事件も頻発しています。筆者は、外国公務員贈賄は、2つの意味で人権問題だと考えています。1つは、企業の業務指示によって贈賄を行わされている従業員の人権が、逮捕・起訴・有罪・収監という身体的危険にさらされるという点です。もう1つは、企業が外国公務員に贈賄することで、その企業に対する行政の規制に空白が生じ、そのことが地域住民の人権を危険にさらすという点です。たとえば、工場の消防設備に不備があるのに賄賂を支払って見逃してもらった結果、その工場で火災が発生し、地域住民が被災するようなことです。

 ミャンマー、新疆ウイグル自治区、ウクライナで起きていることも、日本企業にとってまさにビジネスと人権の問題です。

 このように、自社が行う事業活動が、世界中のどこかの国のだれかの人権を侵害していないか、という広い視野が求められます。

おわりに

 企業が取り組む「ESGリスクマネジメント」について全体像を概説しました。このテーマは、今後数年のうちに大きく進展し、企業の実務に大きな影響を与えることが確実視されています。引き続き状況を注視し、最新情報を収集しながら、ESGリスクマネジメントの高度化に取り組んでいっていただければ幸いです。

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